「 こどもの本 」

ある島のきつね

15kids.gif先日の市長選挙最中の門司港での出来事です。北橋健治さんの選挙カーで私が街頭演説をしていたところ、おばあさんがすぐそばに立っておられました。私が話し終わったとたんに、私の手を取って(所属する団体が推薦しているので)「お話には聞いておりましたが、直接お目にかかってお話が聞けるなんて...」と感激されています。私をすっかり北橋健治さんと間違えておられるのでした。考えてみれば歳や背格好も似ていないこともないので、無理もないことだったのでしょう。気がついた私は恐縮しっぱなしでしたが、あまりに感激されるので人違いであることをついに説明しきれず、何とも申し訳ない次第でした。そこで思い出したのがこの「ある島のきつね」。

小さな島にすむ白いきつねは、いつものとおりお寺の仏壇の供え物のおまんじゅうを食べていました。そこへ目の見えないおばあさんがやっってきて、きつねを和尚さんと勘違い。きつねはしかたなく衣と袈裟をつけ、お経を上げるまねをして「こんこん」、木魚を「ぽくぽく」。おばあさんはありがたく感じ入って帰っていきます。おしゃかさまの「とうといお像は、にっこりと、しずかな笑いを顔に浮かべてきつねのしわざを見ているようにみえました。」
「泣いた赤鬼」などで知られる浜田広介。人間の善意をあたたかく描いた「ひろすけ童話」は大正・昭和から今日にいたるまで多くの子どもたちに愛読されてきました。
「あまりにすべてが善意をもって眺められていて」物足りない。(本書解説の山室静さん)と指摘される方もいますが、私は少年の頃、この物語を読んだときの強い印象を覚えています。きつねとおばあさんとが、のんびりとした島と海の情景と共に見えるような気がしました。そして、このきつねをとても好もしいものとして受け止めていました。
殺伐な事件も多く子どもたちを取り巻く複雑な現代の環境にあって純粋な「善意」や「のんびりとした情景」を描く「ひろすけ童話」は逆にその価値を高めようとしているのではないでしょうか。
身体障害の表現など当時の言葉の問題などはありますが、それらに注意をしながらも、これからも多くの子どもたちに親しまれてほしい童話だと思っています。
作品は「赤いろうそくと人魚」などを書いた小川未明、「正太樹をめぐる」などを書いたの坪田譲治といっしょに「少年少女日本文学館14」に収められています。写真はこの巻の表題の「赤いろうそくと人魚」。小学校低学年から。講談社刊

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