「 せらちゃんノート 過去のノート 」

バリアフリー化された原爆犠牲者慰霊平和記念碑

戦後62年がたった長崎原爆忌の今日、勝山公園では恒例の原爆犠牲者慰霊平和式典が行われました。例年と違うのは、平和を祈念するモニュメントと長崎の鐘が移設され周辺がバリアフリー化された公園内の新しい場所で式典が行われたことです。 移設は北橋市長が選挙中からマニフェストで公約していたもので、就任後の3月議会でも「本市が原爆の投下目標であった準被爆都市であることを踏まえ、核兵器廃絶と平和への願いを訴える機会を充実させるため、被爆者の高齢化に配慮した平和祈念碑周辺のバリアフリー化と平和式典の充実を図り、市民に向けて本市の平和への取組の基本姿勢を明確に示したい」と表明していました。
新しい場所は、バリアフリー化されて車いすの方でも献水・点鐘が可能となりました。後ろ側も広く式典参加者がこれまでのように狭苦しい思いをする必要もありません。
式典は、例年のとおり遺族会会長や市長などの挨拶、長崎に原爆が投下された11時過ぎからの犠牲者への黙祷、献花・献水・点鐘と厳かに続けられました。テントの後ろでは、公園内の木立の下に座って式典を眺めている市民もおられ、市の担当者さんは「今年は私たちも参加できますかと市民からの問い合わせも多かったのですよ」と明かしてくれました。
戦後62年、戦争の記憶は風化し、日本の首相が憲法を改正して(改正せずとも)アメリカに協力して戦闘で日本人の血をながすことを容認しようとしています。
核兵器の拡散にも抑制が効かなくなってきている今日、唯一の被爆国民として核兵器廃絶と世界平和を願う日本の現実的な貢献のあり方について、私たちは改めて考えてみる必要があるのではないか。そう痛感しながら、私も献花・献水し長崎の鐘を鳴らしました。写真は、式典の様子です。
式典後は小倉北区議員懇談会が区役所で開かれ参加しました。

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