「ごほんですよー: 2001年1月」アーカイブ

とんかつの誕生

2otona.gif■沖縄のとんかつ
数年前、沖縄に行った際、帰りの飛行機の出発まで少し時間があり、ちょうど昼時だったので那覇市国際通りで「とんかつの店」を探したことがありました。 沖縄は日本で有数の豚肉消費県だと聞いていましたから「きっとおいしいとんかつの店があるにちがいない」とふんだのです。
ところが探してもそれらしいお店が一向にありません。やっと一軒みつけて入りました。 店のアルバイトらしい人は白人の男性で、ロースと頼んで出てきたとんかつは大きなブロック肉、衣は薄くしっかりしていて、横にも縦にも包丁がはいっていました。ふだんなじんでいるものと少々ちがいましたが、まぎれもなくとんかつの店であり、おいしくいただいて満足して飛行機に乗りました。
空港にむかうタクシーの運転手さんに聞くと「とんかつ?あんまり沖縄にはないよ。豚肉は油で揚げることしないでみんなたべるからね。あんたが入った店は、那覇市内では一番おいしい店の一つ。飛び込みで入ったんなら、良い店に入ったよ。」と教えてくれました。
「そうか沖縄の人は、伝統的によく豚肉をたべるのに、とんかつとして食べるわけではないらしい」と思えました。

■明治維新と洋食
では、洋食の王者・とんかつはどのようにして誕生したか?その疑問に答えてくれるのが、この本です。著者は、長く日清製粉で小麦粉の研究に携わってきた人で、食文化史研究家の岡田 哲さん。
とんかつに限らず、あんパン・ライスカレー・コロッケなど、日本の庶民が西洋料理を自分の口に合うように改良して、洋食として定着していく様子を描いて楽しいよみものです。
豚肉は、もともと江戸時代に中国から当時の琉球・薩摩をへて伝わってきたとされています。でも、さかんに食べられるようになつていくのは、やはり明治維新後のことのようです。

■天皇の肉食
明治五年正月、明治天皇はついに肉食をします。近代化の遅れ・欧米人との体力差を解消しつつ、その文明をどう取り入れるのか、肉食の解禁はその答えの一つでした。「天皇にみずから肉食の範を示してもらい日本の近代化を推進しようとした」のです。
肉食に反対する白装束の行者10名が皇居に乱入し、4名が射殺される事件や、肉食派の福沢諭吉と米飯派の森鴎外との対立などのエピソードも交えて、その後、肉食が定着していく歴史もこの本ではたどってあります。
さて、文明開化の掛け声とともに奨励された洋食も、ナイフやフォークをつかって食べるのは庶民にとっては苦手なものでした。しかしここで発揮されるのが日本人の知恵、次第に味も食べ方も自分たちになじみやすいものに改良していきます。 東京銀座の煉瓦亭が刻みキャベツをつけたとんかつの前進「豚肉のカツレツ」を売り出したのが明治28年、大正7年には「かつカレー」が、三年後に「かつ丼」が誕生。

■ついに上野で誕生
分厚い豚肉に下味をつけ、てんぷらのように揚げる。付け合わせに刻んだ生キャベツ、箸でたべやすいように包丁できって皿へ、味噌汁とご飯がよくあう、ポークカツレツとは似て非なる日本三大洋食の一つ、とんかつが上野御徒町「ポンチ軒」でついに誕生するのは昭和4年のこと、ポークカツレツの登場以来じつに60年が歳月がすぎていました。
なぜ日本でこれほど「洋食」が定着していくのか、なぜ中国や朝鮮半島ではそれほど定着しなかったのか、カレーライスやコロッケ・あんパンなどはどうやって登場したのか、などなど、ここまで本書の受け売りをしてくると、疑問はどんどん広がって際限がありません。
あとは、同書を読んでいただくとして、さて我が家でも、とんかつを揚げる良いにおいがしてきました。夏バテしないように 今夜の夕食は「とんかつ」。ビールもよく合いますね。いただきまーす!

■出版社:講談社選書メチエ

田辺聖子の源氏がたり(一)

1otona.gif昨年3月、リーガロイヤルホテル小倉で「久女と私」と題する田辺聖子さんの講演会が開かれました。久女とは小倉が生んだ悲劇の天才女流俳人・杉田久女のこと。田辺さんは、久女に暖かい目を注いで「花衣ぬぐやまつわる わが愛の杉田久女」を書き、その作品は1987年度の日本女流文学賞にもかがやきました。 1700人で埋まった会場で田辺聖子さんは「久女さんは国の宝です」と話し、激しく一途な女流俳人の作品と生涯について次々と語りました。大変面白く、またその姿は(そのご年輩には失礼ながら)可愛らしくさえあり、感激したのを覚えています。

 その田辺聖子さんが日本文学の古典中の古典「源氏物語」について、毎月一回、大阪のリーガロイヤルホテルで36回にわたって語ったのをまとめたのが本書です。新源氏物語の訳もある当代一の源氏読みで、実力ナンバーワンの作家がその神髄を語るのだから、面白くないはずはありません。 そのお話は千年も昔の王朝時代を縦横無尽に駆けめぐり、光源氏をめぐる数々の愛の物語をあざやかにひもとくのです。
 ダンテよりもシェークスピアよりも、何百年も前の日本にすばらしい愛の長編小説があり、それが一千年にもわたって受け継がれてきたのは、たしかに奇跡に近いことだと思います。なのに今の私たちはそのすばらしい遺産にふれる機会が何と少ないことでしょう。 田辺さんは「源氏物語は大変面白い小説ですから、難しく考えないで楽しくおしゃべりしましょうね」といいます。そのお誘いにしたがって、しばらくは王朝のファンタジーに浸って楽しい豊かなひとときをすごすのも良いのではないでしょうか。 
(本書は、桐壺から松風まで全3冊のうちの(一)。次が待ち遠しい!)
■出版社:新潮社

フレデリック ちょっとかわった のねずみの はなし

1kids.gifふゆがきて、いしがきの間にこもった五匹の野ねずみたちはこごえそう。そのときみんなは思い出した。冬支度もしないでいたフレデリックが集めていたというもの。おひさまのいろやひかりやことばのこと。 「めをつむってごらん」フレデリックはしゃべりだす。みんなは光や色やことばをかんじて、はくしゅかっさい。

作者は『スイミー』でおなじみのアメリカの人気作家レオ・レオニ。人の役割って何だろう、詩人がなぜ必要なのか、光や色・言葉のイメージの大切さなどをうたっているのだと思います。翻訳は日本の詩人・谷川俊太郎の好訳。

読んでもらって子どもたちはみんな、フレデリックのおしゃべりで、貼り絵のかわいいねずみたちといっしょに自分自分のイメージをふくらましていきます。ちいさいお子さんに是非読んであげてくださいね。 「おどろいたなあ、フレデリック。きみって詩人じゃないか!」フレデリックはあかくなっておじぎをした。そしてはずかしそうにいったのだ。「そういうわけさ。」 私は、この最後のせりふが大好きです。

■出版社:好学社

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