「ごほんですよー: 2012年8月」アーカイブ

「ぐるぐる猿と歌う鳥」 加納朋子 

社宅はミステリー!かつて北九州市内、特に八幡製鉄所のあった地区には、ずらりと関係企業の社宅がならんでいました。 

物語は、わが北九州市八幡のとある大きな社宅群が舞台。東京から会社の転勤でやってきた小学五年生のシンは、そこで不思議な野生児パックや、まるで女の子のようなか弱いココちゃん、北九州弁まるだしの美少女あや、ジャガイモ3兄弟などに出会って意気投合。高いところに登ると見えるという社宅の不思議な屋根絵を探したり、卑怯な告げ口で飛ばされる同級生・勝の父親の敵討ちとして、空き家を利用して「お偉いさん」を脅かしたり、学校や社宅でパックらと一緒に大活躍。

パックはなぜか空いた社宅を根城に暮らす自由児であり、ココちゃんは、じつはDVから逃れていたシンの幼なじみのあの「女の子」だった。 

北九州市の「社宅」を舞台に、不思議な少年を囲む子どもたちの集団と別れ、ココちゃんにまつわる「懐かしい思い出」の謎解きなど、シンを主人公に、テンポ良く描きます。

 

社宅に限らずかつて子どもたちは、どこにでも沢山いて、毎日集団になって元気に遊んでいたものです。

子どもたちの集団は、お兄ちゃんからちびっ子まで含めてタテの関係があり、ちびっ子はその中で対人関係を教わったりする重要な機能を果たしていました。学問上でもその集団を「ギャング集団」と呼ぶのだそうです。

残念ながら、今ではそのギャング集団は見られなくなり、子どもたちの孤立や対人関係の弱さが指摘されています。もっと年齢を超えた子どもたちの集団の意義を考え直していく必要があるのではないでしょうか。 

 

本書は、ちょっと大人に近づいたと思いはじめる小学校5,6年生から読める作品だと思います。

著者の、加納朋子さんは北九州市出身。きっと社宅のギャング集団の中で遊んだ子どもの一人に違いありませんね。(講談社ノベルス・刊)

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「パンとペン 社会主義者・堺利彦と売文社の闘い」黒岩比佐子

もう30年以上も前に、当時、福岡県京都郡豊津町にあった「堺利彦顕彰記念館」を友人たちと訪れたことがありました。大変小ぶりな施設で、中には堺ゆかりの品や原稿などがひっそりと展示してあったと記憶しています。(現在はみやこ町歴史民俗博物館に当時の資料が寄託されているそうです。)

日本社会主義運動の父ともいわれる堺利彦(枯川)は、親友であり大逆事件で刑死することになる幸徳秋水や、関東大震災時に暗殺された大杉栄に比べると有名ではないかもしれません。

しかし、大正デモクラシーの明るいイメージとは裏腹に、実際には過酷な弾圧下にあった社会主義者受難の時代を、今でいう総合広告会社のような事業を行う「売文社」を設立して糊塗をしのぎ、ユーモアさえ見せながら仲間を支え、したたかに生き抜いていく堺利彦の魅力はもっと正しく理解されて良いのではないかと思います。

この本の著者・ノンフィクションライターの黒岩比佐子さんは、そんな「売文社」時代の堺利彦が、周囲の人材や幅広い人脈を活かして、週刊誌用小説の翻訳や広告、はては代議士の演説原稿の作成、「忍術書」の編集や世界旅行案内まで、あらゆる注文を受けながら、この厳しい冬の時代を耐えきっていく姿を生き生きと描いています。 

110年前の社会主義者・堺利彦らの主張とは「自由・平等・博愛そして非戦・平和、暴力を否認し国法の許す範囲で世論を喚起する(平民新聞発刊時の宣言)」という、現在からみれば極めて穏やかなものでした。

しかし当時、それは社会を転覆させる危険思想とみなされ、右翼や軍部に狙われることとなりました。事実、堺は二度にわたって暗殺されかけています。逮捕されれば激しい拷問を受け命さえも落としかねない過酷な政治状況の中で、不屈の信念のもとに生き抜きながら理想社会への「棄石埋草」たらんとする堺利彦の生き方には、凄みすら感じます。 

黒岩さんのこの作品を読んでいたころ、2011年5月の連休にみやこ市で講演されるとお聞きして、ぜひ伺いたいと思ったのですが、直前になって本人の体調不良ということでキャンセルになりました。黒岩さんは、すでに膵臓がんで最後の闘病に入っておられて、ほどなく帰らぬ人となってしまいました。

この作品について著者としての思いを是非お聞きしたかったのに。また、黒岩さんがもし生きておられれば、もっともっと良い仕事をされただろうに、と残念でなりませんでした。(講談社・刊)

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