「こどもの本: 2001年1月」アーカイブ

ノンタン!サンタクロースだよ!

20kids.jpg 子どもの本も、小さい子どもたちに圧倒的な人気のノンタン・あそぼうよシリーズからクリスマス関連でご紹介。
 クリスマスを待ちきれない元気なねこの男の子・ノンタンは、プレゼントをお願いに、自分でサンタクロースを探しに行きます。
 「あっ!サンタさん、ぼくにあかいじどうしゃ、ちょうだい!」いろんな動物のサンタには出会いますが、ノンタンにプレゼントをくれるはずの「ねこのサンタ」にはなかなか出会えません。一所懸命探し回ったのに、ねこサンタがやってきてくれたときには、ノンタンはスヤスヤ。
読んでもらった、小さい子ども達は、「ホホホホ、ホーイ!やあノンタン!」と登場してくるいろいろな動物サンタに大喜び。かつてわが家の娘達も、とてもお気に入りでした。
 「ノンタン」は、1970年代後半登場した幼児絵本の人気シリーズ。元気で明るい猫の男の子ノンタンとその友達が登場して、ほのぼのとした幼児の日常を描きます。
人気キャラクターとなったノンタンをはじめ、作品の絵はとてもシンプルで明るいですし、短い文はとてもリズミカルで子どもたちはすぐに覚えてしまいます。はじめて子ども達が本に出会うブックスタートでも定番となりましたね。
 ご家庭などで小さい子ども達と、この絵本で楽しいクリスマスをお過ごし下さい。

「ノンタン」シリーズは、この「サンタクロース」だけでも193万部、約40巻で2800万部も発行されたと言われていますが、作者のキヨノサチコさんは、残念ながら今年6月に脳腫瘍のためお亡くなりになりました。慎んでご冥福をお祈りいたします。
 偕成社・刊

睡蓮の池-ステフィとネッリの物語

19kids.jpgこの欄でスウェーデンの児童文学作品を取り上げたのはリンドグレーンの「さすらいの孤児ラスムス」についづいて2作目ですが、そのリンドグレーンを記念する賞を受賞したのがこの作品。
思春期の少女を主人公にした作品ですが、取り巻く環境は甘いものではなく、また単純なものでもありません。

時は1940年。ナチスドイツは破竹の勢いでヨーロッパ中を席巻し、周辺諸国を次々に占領していきます。ユダヤ人への迫害も日に日に強まっていき、作品の主人公12歳のステフィと妹のネッリは故郷オーストリア・ウイーンの父母の元を離れて見知らぬスウェーデンにやってきます。からくも中立を保っていたスウェーデン政府が、迫害を受けるユダヤ人の子どものみに限って計500人を受け入れることを認めたからでした。
二人がやってきたのはスウェーデン第二の都市イェーテボリ近郊の漁業の島。1年後、成績優秀なステフィはイェーテボリ在住の医者の家族の好意によって中学校に進学することになりました。ひそかに恋心を抱くスヴェンとも再会し、学校では新しい友達もできるのですが、ユダヤ人への偏見、宗教観の違い、政治的激動などを背景としてステフィの苦悩はつづきます。
学校でカンニングの濡れ衣を着せられ、スヴェンの他人への恋にも打ちのめされたステフィは、島の養父母の下にもどります。しかし、そこにステフィの良き理解者である担任のビヨルク先生と級友マイが現れて、ステフィへの疑いが晴れたことを伝えます。ステフィは希望をとりもどし学校へと戻るのですが...。 

級友との友情や養父母の深い愛情、家族愛そして思春期の恋。スヴェンとの思い出の地でもある睡蓮の池をはじめイェーテボリのたたずまいなどの風景描写とあわせて、この作品は日本の若い読者のみなさんにも興味深く、一気に読み進んでいくことのできるものとなっています。
作者は、日本の読者のみなさんへというメッセージで「戦争と人種差別は人間を、とりわけ幼い子どもたちを襲い、傷つける、邪悪でおそろしいものです」と述べています。
邪悪な戦争と人種差別が出現して、なぜ多くの人間が翻弄されていったのか。作者は作品の中でステフィの担任ビヨルク先生に「そうね、たぶん」「私たちはみんなよく目がみえていないのよ。」と言わせています。
この一連の「ステフィとネッリの物語」は、ポーランドのコルチャック賞を受賞しています。
ちょっと大人に向かう中学生高校生にぜひ読んでほしいシリーズです。
菱木晃子訳 新宿書房・刊

カレーやしきのまりこさん 

18kids.jpg出張から帰ってきたら、一冊の絵本が自宅に届いていました。『カレーやしきのまりこさん』というご本で、送ってくださったのは著者の方藤朋子さんでした。方籐さんは、母も所属させていただいていた地元の児童文学誌「小さい旗」の同人です。絵は、同じく北九州在住の大熊美和子さんによるもの。
 
主人公の小学生の女の子はるなは、ご近所に住む一人暮らしのおばあさんがカレー料理を作っているのをのぞき見たのをきっかけに、そのおばあさんと知り合いになり、おいしいカレーをいただきます。
でも、おばあさんは一人暮らしで寂しそう。カレーの味も「なんだか、さびしいあじがする」と、はるなは感じます。そこで、他の子どもたち呼んできて、おばあさんのお家で楽しいカレーパーティがはじまります。
実はおばあさんは時々居眠りをしてしまったり、子どもたちの名前を間違えたり。多少認知症が出始めているようです。でも、はるなたちは、かまわずおばあさんを囲んでカレーパーティ。そこには、はるなと同じ名前の、おばあさんの成人したお孫さんもやってきていました。
ご近所付きあいと子どもたち、一人暮らしの高齢者をまじえた暖かい地域社会を願う著者の方藤朋子さんの豊かな心が感じられます。
 
私も、かつて小学生低学年の頃、ご近所で森に囲まれたお屋敷のおじいさんと仲良くなり、しばしば訪れては遊んで頂いたりいろいろと教えていただきました。その方は、実は結核による療養中だったらしく、父母が「病気は大丈夫なんだろうかねえ」なんて話していたのを「何のことだろう」と不思議に思ったりしたのでした。
成長してからは足が遠ざかりましたが、今でも、緑に囲まれた古いお家とその方の風貌を今思い出しても懐かしく思います。はるなちゃんたちにも、おばあさんはきっと楽しい思い出を作ってくれたことでしょう。

ご近所の年長者の方の存在は、地域の子どもたちにとって、いろいろな思い出を作ってくださる貴重な存在ですね。健康状態に多少の問題があっても、地域社会で支え合う心豊かなコミニュティを実現したいものです。方藤さんありがとうございました。

石風社・刊

ぼくがつ ぼくにち ぼくようび

17kids.jpg小学生だった夏休みのある日の午後、私は校庭に面した渡り廊下のすみに座り込んでいました。
 筑後平野の真ん中の学校でしたから、むこうの田んぼから渡ってくる風や、雨の上がった後の土の匂い、ひんやりとした木の廊下の肌触りなどを感じながら、遠くの山の上にもくもくと湧き上がる雲の動きを一人でぼんやりと眺めていたのでした。
 ボーッと空想にふけっていたその一時は何と心地よかったことでしょう!
 それはきっと私の「ぼくがつ ぼくにち ぼくようび」だったのに違いありません。(今の子どもたちが、ゲームや塾に追われて、こんな一時を持つことが許されないとすれば、それはとても不幸なことですね。)

 今回ご紹介する本の著者・荒井さんは、活躍中の絵本作家でイラストレーター。この作品は、平凡社PR誌の表紙に描いたイラストに文をつけたものを再構成したのだそうです。
「晴れた空にむけて、アーッと口を大きくあけると太陽のつぶつぶが口からコロンコロンとはいってきて、なんとなく心のバイキンがシュンとなって小さくなる気がしていいぞォ!!...」
 本を開いてファンタジックな絵を眺めながら読み進んでいると、どこか懐かしくもある「ぼくがつ ぼくにち ぼくようび」の世界が次々に広がっていきます。 
「毎日に余裕がなくて追いつめられていると感じている特に中高生諸君!ちょっとこの本を開いて読んでみてごらん。きっと心の中に『ぼくがつ ぼくにち ぼくようび』の世界が広がって、ホッと楽になると思うよ」こう、彼らに勧めてあげたい一冊です。もちろん大人の方もぜひどうぞ。
平凡社・刊

11ぴきのねこと あほうどり 

16kids.jpgこれまで馬場のぼるさんの絵本をご紹介していませんでしたね。そこで今回は「11ぴきのねことあほうどり」を。 
いつも楽しい11ぴきのねこたちがコロッケ店を開店。最初はどんどんコロッケをつくりますが、だんだんと売れ残り、ねこたちは残ったコロッケを食べてばかり。「あ~あ、とりのまるやきが食べたい!」そこへ一羽のあほうどりが。ねこたちの目がピカピカと光ります。
あほうどりの兄弟が11羽いると聞いてねこたちは、あほうどりの島にでかけます。あほうどりの兄弟が、1羽2羽3羽...。しめしめと思ったとたん「11羽~!」とてもでかいあほうどり。ねこたちはあほうどりのためにコロッケづくり。

馬場のぼるさんは6年前に亡くなりましたが、「11ぴきのねこシリーズ」は、今でも100刷を超える本が続出する人気シリーズです。かつて幼い頃の我が家の娘達もお気に入りでした。
「あほうどり」のお話は読みすすみながら次第に盛り上がって、子どもたちは「11羽~!」で、大人と一緒に声を上げて叫びます。(保育士さんらにお聞きすると保育園などでも同様だそうです。)馬場さんのほのぼのとした明るい画風を楽しみながら、子どもに絵本を読んであげる幸せを感じる瞬間でしょう。
ぜひ子どもさんたちとご一緒に読んでみて下さいね。

馬場のぼるさんは、実は子どもの頃の私も大好きな「漫画家」でした。もう40数年以上も前でしょうか、馬場のぼるさんの「コロッケらいおん」という作品や「たらふくまんま」という作品(これは少し後だったか?)を楽しく読んだことを記憶しています。
「東京タワー」ではありませんが、当時はまだ戦後の貧しさを引きずった時代で、「コロッケらいおん」のコロッケが何とおいしそうだったこと。
「あほうどり」をはじめ馬場のぼるさんの現代の作品にも頻繁にコロッケが登場するのは、コロッケなど当時の食べ物にたいする馬場のぼるさんの強い思い入れがあったのではないかと思っています。 
馬場のぼるさんの絵本では、我が家では他にしりとり遊びを絵本化した「ぶた たぬき きつね ねこ」シリーズ、動物を食べずにジャガイモを食べるよう努力する「おおかみがんばれ」などが人気でした。
本書はこぐま社刊

ある島のきつね

15kids.gif先日の市長選挙最中の門司港での出来事です。北橋健治さんの選挙カーで私が街頭演説をしていたところ、おばあさんがすぐそばに立っておられました。私が話し終わったとたんに、私の手を取って(所属する団体が推薦しているので)「お話には聞いておりましたが、直接お目にかかってお話が聞けるなんて...」と感激されています。私をすっかり北橋健治さんと間違えておられるのでした。考えてみれば歳や背格好も似ていないこともないので、無理もないことだったのでしょう。気がついた私は恐縮しっぱなしでしたが、あまりに感激されるので人違いであることをついに説明しきれず、何とも申し訳ない次第でした。そこで思い出したのがこの「ある島のきつね」。

小さな島にすむ白いきつねは、いつものとおりお寺の仏壇の供え物のおまんじゅうを食べていました。そこへ目の見えないおばあさんがやっってきて、きつねを和尚さんと勘違い。きつねはしかたなく衣と袈裟をつけ、お経を上げるまねをして「こんこん」、木魚を「ぽくぽく」。おばあさんはありがたく感じ入って帰っていきます。おしゃかさまの「とうといお像は、にっこりと、しずかな笑いを顔に浮かべてきつねのしわざを見ているようにみえました。」
「泣いた赤鬼」などで知られる浜田広介。人間の善意をあたたかく描いた「ひろすけ童話」は大正・昭和から今日にいたるまで多くの子どもたちに愛読されてきました。
「あまりにすべてが善意をもって眺められていて」物足りない。(本書解説の山室静さん)と指摘される方もいますが、私は少年の頃、この物語を読んだときの強い印象を覚えています。きつねとおばあさんとが、のんびりとした島と海の情景と共に見えるような気がしました。そして、このきつねをとても好もしいものとして受け止めていました。
殺伐な事件も多く子どもたちを取り巻く複雑な現代の環境にあって純粋な「善意」や「のんびりとした情景」を描く「ひろすけ童話」は逆にその価値を高めようとしているのではないでしょうか。
身体障害の表現など当時の言葉の問題などはありますが、それらに注意をしながらも、これからも多くの子どもたちに親しまれてほしい童話だと思っています。
作品は「赤いろうそくと人魚」などを書いた小川未明、「正太樹をめぐる」などを書いたの坪田譲治といっしょに「少年少女日本文学館14」に収められています。写真はこの巻の表題の「赤いろうそくと人魚」。小学校低学年から。講談社刊

「モンテ・クリスト伯」

14kids.gif 19世紀初めのフランス・マルセイユ。周りの陰謀で監獄シャトーディフに投獄された無垢な青年エドモン・ダンテスが、同じく投獄されているファリア司祭と出会い、あらゆる教養を身につけて14年後に脱獄。モンテ・クリスト伯と名乗って、自分を獄に落としたものたちへの復讐をはじめる...言わずと知れた「巌窟王」こと「モンテ・クリスト伯」の物語、といっても現在どれほどの子どもたちがこの内容を知っているのでしょう。
 私の本棚には、この物語を初めて読んだ新潮社版・世界文学全集「モンテ・クリスト伯」がそのまま収まっています。1961年発行とあるので父が買ったものですが、いま手にとっても「次はどうなるんだろう」と読み急いだ頃の胸のときめきがよみがえってきます。
 監獄でファリア司祭と出会う場面。ダンテスが「神様、絶望のうちに(私を)お死なせにならないでください」と声を上げると、地面の下から「誰だ、神の名と絶望のことばをともに口にするものは?」と声がして司祭が登場します。(実は、山内義雄さん訳の新潮社版では「主と絶望とを同時に口にしているのは誰だ?」となっていて、私はこちらの方が好きなのではありますが)かっこいいですねえ。
 また、誠実で名誉を重んじるモレル家の危機にあって、これを救うときのダンテス(ここではイギリスの銀行家に扮している)のひそかなつぶやき。「気高い心よ、幸福ならんことを。汝のした、またこれからなすであろう善に、神の祝福のあらんことを。」モンテ・クリスト伯はやることなすこと、とにかくかっこいいのです。
 私はこの物語で、ヨーロッパの多彩な文化や風俗にとどまらず、気の利いた言い回しや、誠実に生きる人々への祝福といった「道徳」のようなものまで学んだような気がします。もちろん、教養や道徳の書として読んだわけでは全くなく、まるで長編の西洋活劇を見るかのようにしてページをめくったのでした。
岩波少年文庫でも上中下の3巻と、ちょっと長い読み物ですが、読み出したらやめられないおもしろさがありますので、きっと本を読む喜びを見つけるきっかけとなることでしょう。中学生以上の子どもたちにおすすめです。(岩波少年文庫・刊)

コーギビルの村まつり 

13kids.jpg昨年でしたか、NHKテレビで「ターシャ・テューダー 四季の庭」という番組をみました。90歳になる絵本作家ターシャ・テューダーの自宅で、四季をつうじた美しい庭と、自然に寄り添いながら暮らすアメリカの19世紀的ライフスタイルを描き出した興味深い番組でした。
ほとんど近代的道具を取り入れず、季節の変化を受け入れ、それを楽しみながら心豊かに暮らすテューダーの姿は「昔の良き時代のアメリカは、きっとこんな暮らしだったんだろうなあ」と感動しました。

そのテューダーさんの周りには、ちょっと太ったコーギー犬がおり、映像に良い味をだしていました。
この絵本は、そのコーギー犬たちが主人公。(テューダーさんはコーギー犬がすきなんでしょうね。)

舞台は、コーギー犬と猫やウサギなどが暮らす良き時代のアメリカの小さな村。村人の一番の楽しみである村まつりではヤギのレースも行われ、コーギー犬のケイレブはぜひ優勝したいと準備に余念がありません。そこへ、猫のトムキャットの悪巧みが・・。レースの行方はいったいどうなるのでしょう。
盛り上がる村まつりと楽しそうな村人たち(動物たちですが)の様子が、細かく丁寧に描き出されています。

おそらく現代アメリカではとっくになくなってしまっただろうかつての村まつりは、このような喜びに満ちあふれた楽しいものだったにちがいありません。
古き良き時代のアメリカを体現しているターシャ・テューダーらしい絵本だと言うことが出来るでしょう。
訳はテューダーの絵本の翻訳を多く手がけている飯野雅子さん。メディアファクトリー刊

さすらいの孤児ラスムス

12kids.jpgかつて岩波少年少女文学全集というシリーズが発刊されており、その中の何冊かは子どもだった私の大切な本だったことは、以前のこの欄でも申し上げたかのではないかと思います。
 その中で、最も印象深く私の思い出に残っている作品の一つが『さすらいの孤児ラスムス』です。
 読み進んだ子どもたちは皆、作品に同化し、主人公の少年ラスムスをはじめ、心やさしい風来坊オスカル、友人のグンナル、ヒョーク先生など、登場人物のそれぞれの個性や美しい風景に誘われながら、スエーデンの田舎を一緒に旅していくことができるでしょう。
「オスカルと一緒に食べるパンやしょっぱいハムはなんておいしそうなんだろう。」「干し草の中ってそんなに気持ちいいのかなあ。」「僕だってやっぱり、お金持ちでもいやな人とは住みたくないや。」
 読み進みながらとても楽しい気分になった当時のことを、私は今でも楽しく思い出します。
旅を続け、事件に巻き込まれながらも最後にたどりついたオスカルの貧しいけれども気持ちの良い家で、奥さんの胸にしっかりとだきしめられたラスムスの幸せなこと。
この作品は子どもにとっての「幸せの要素」をしっかりとたくさん織り込んで、すばらしい読み物になっています。
 作品の中にでてくる「孤児」だとか「浮浪者」だとかの言葉は、最近では使わなくなりましたし、親のない子がもらわれる話という題材はあまり好ましくないとされていると思われますが、この作品が出版されたのは1957年。もう50年近くも前のことです。いたしかたないことでしょう。
 この作品は2003年になって、岩波少年文庫の一つとして改めて刊行されました。年数はたっていても、なお歳月や国境を越えて価値を失わない書物として、年若い人たちに親しんでもらいたいとの意図があるのだと思います。
 もう中年のおじさんである私にとっても大事な「宝物」です。
 リンドグレーンさんは、『名探偵カッレ君』『長くつ下のピッピ』など多くの作品をで世界の子どもたちから愛されながら、2002年に惜しくも亡くなりました。この作品は1958年国際アンデルセン賞の大賞を受けました。
 小学校4・5年生以上。

■出版社:岩波書店

ぞうくんの さんぽ

11kids.jpg我が家の人気絵本の一冊がこれ。
自分で文を覚えて読むことができるようになったころ、娘たちは、いつも本棚から取り出しては「きょうは いいてんき。ぞうくんは ごきげん」と声を上げて読んでいましたっけ。

おおきなぞう君の背中に、かば君が乗って、そのまた背中に、わに君が乗って、そのまた背中に、かめ君が乗って、ついに池の中に「おっこちた」。でも相変わらず「みんな ごきげん」なのです。
ホンワカしたイラストと、ことばの良い調子に子どもたちはいつも「ごきげん」です。小さい子に一緒に読んであげるのも楽しいですね。

この本が世に出たのは、もう37年も前のことでした。
実は、昨年になって「36年ぶりに、ぞうくんが散歩にでかけました。あいにくの雨ふりです。」(作者の なかの ひろたか さん)と「ぞうくん」の続編が出たのです。(今では幼稚園の先生になった上の娘が教えてくれました。)

今度は、お池の中のお話で順序が逆です。かばくんの上にぞう君が乗って、わに君の上に、かば君とぞう君がのって...。
「ぞうくんの あめふり さんぽ」は、こちらも福音館書店から。
読んであげるなら2歳から、自分で読むなら5・6歳むき。

■出版社:福音館書店

ロビン・フッドのゆかいな冒険

10kids.jpgたぶん私が小学生の頃です。父母が岩波少年少女文学全集全30巻を購入し始めました。おそらくは仕事柄付き合いが深かった書店に勧められたのでしょう。毎月か隔月かは分かりませんが、父が緑と黄色でデザインされた本を持って帰るのです。なるほど全集というのは一遍にドサッと来るものではないのだということに感心した奇妙な思い出があります。

少年少女向けといってもどれも名作ばかり、本格的な読み物です。子どもには多少我慢のいる長い読み物ですが、ルビも振ってあり、面白くなると次々に読み進むことができます。
私は面白そうな巻を選んで読んでいきました。『エミールと探偵たち』『さすらいの孤児ラスムス』ケストナーやリンドグレーンの作品をはじめ、多くの作品に触れることができたことは大変幸せでした。それは私の初めての本格的な読書体験でもありました。
『ロビンフッドのゆかいな冒険』は、その中の一つ。全集では第2巻目。

今のアニメなどに出てくるおとぎ話のようなものではなくて、弓の名手のロビンが、はからずもお尋ね者になりシャーウッドの森に入って、郡長の圧制に苦しむ人々を助け数々の冒険と活躍を続けた後、最後にはリチャード王に召抱えられ、さらには毒殺されるまでがしっかり語られるのです。
痛快な活劇を目の前で見ているようにわくわくしながら読み進んだときの思いは、そこここが茶色くなったハードカバーを開けると今でも思い出すことができます。

著者のH.パイルが13世紀頃のイギリスに伝わるロビン・フッドの物語をまとめて書いたのはすでに120年以上も前のことです。世界中の子どもたちをわくわくさせながら活躍し親しまれてきたロビンフッド。幼児期低学年をすぎて、ちょっぴり大人っぽくなりかけた子どもたちに、これからも読み継がれてほしいものですね。

はせがわくん きらいや

9kids.gif「なあ おばちゃん なんで長谷川くん あんなにめちゃくちゃなんや。」ゆうたら おばちゃんため息をついた。

昭和30年のいわゆる森永ヒ素ミルク事件で死亡した赤ちゃんは120人以上、1万数千人以上の乳児が重い障害や健康被害をうけました。
著者の長谷川集平さんはその被害者の一人。1976年(昭和51年)のデビュー作『はせがわくんきらいや』は、ヒ素ミルクで体をこわした「はせがわくん」をとりまく子どもたちの受け止めと友情を、大胆なタッチと言葉遣いで描き、第3回創作絵本新人賞を受賞しました。当時、私も書店で見て買って来ましたが、強い印象を受けたのを覚えています。

小児の集団健康被害事件は、森永ヒ素ミルク事件にとどまらず、カネミ油症事件、水俣病、イタイイタイ病 、サリドマイド・キノホルム、未熟児網膜症などなど、枚挙にいとまもありません。国民の健康に背をむけた政府や業界の利害とが絡まりあって、多くの犠牲と健康被害をもたらしたことへの反省と教訓を、私たちは忘れるわけにはいきません。

しかしこの絵本は、こうした背景をもちつつも、本人と家族の深い悲しみと憤り、健康被害を受けた長谷川くんへの子どもたちの共感ととまどいを描いて心を打つ作品となっていると思います。

社会派だからと評価されるのではなく、絵本としてのレベルの高さが評価されているのだと思います。
この「はせがわくん きらいや」は、高い評価をうけて登場した後、出版社の倒産などで数度の絶版を経て、2003年に株式会社ブッキングから復刻されました。写真は、初版のすばる書房のもの。復刻版は色が変わっているそうです。(04年1月)

■出版社:すばる書房(当時)

車のいろは空のいろ

8kids.gifこの本の中の「白いぼうし」という一編が小学校の教科書に採用されているそうですので、おなじみの方も多いのかも知れません。
空いろのぴかぴかのタクシーの運転手・松井五郎さんが出会うちょっと不思議なできごと。 (おやっ、あの人、きつねじゃないかしら、くまじゃないかしら...。それとも...。)そんなことをかんがえたことはありませんか?  こんなまえがきからお話ははじまります。  

明るくておしゃれなあまんさんの作品は、どれも心地よくファンタジーの世界へ子どもたちを連れて行ってくれます。小さいとき、今日は家族の誰から本を読んでもらおうかと渡り歩いていたという、あまんさん。どの作品からも、物語を楽しむよろこびが伝わってくるようです。あまんさんの作品を、子どもたちが大好きな訳が分かるような気がします。

松谷みよ子さんは、あまんさんの作品を「ああ、これはいやしの文学だ」と書いておられます。「とてもつらい思いをかかえている現代の子どもたち。」が「この作品集を読み終わったとき、その思いがいやされるのではないか。」と。

この本は、あまんさんの最初のご本だとお聞きしています。あまんさんは、私の母・絹子とも親交をもっていただいていた方です。
蛇足ですが、実は私たち夫婦は、結婚のお祝いにと、あまんさんからティーカップをいただいたのです。チューリップの形をした真っ白なすてきなカップで「あまんさんらしいカップだね」と私たちはよろこんで使わせていただきました。もう30年近くも前の話、あまんさんご自身も覚えておいでではないかも知れませんね。

北田卓史さんの楽しい絵も「北田さんはきっと松井さんにそっくりのはずだ」と思ってしまうほど、すっかりこの作品に定着してしまった感があります。  小学校中学年ぐらいから。

てぶくろ

7kids.gif雪深いウクライナの森の中、歩いてきたおじいさんが「てぶくろ」を片方落としてしまいます。
そこへやってきたのはネズミ。「ここでくらすことにするわ」

つぎにカエル、ウサギ、キツネ、オオカミ、イノシシ、クマ。つぎつぎにやってきて「てぶくろ」の中に入ってしまいます。
そしててぶくろを落としたのに気づいたおじいさんが、犬とともに帰ってきて、みんなは一斉に森の中へ逃げていきます。 そけれだけのお話。

「てぶくろ」にみんな入りきれるはずがないじゃない!  でもそれでいいんです。
この絵本を読むと、子どもたちは楽しそうに想像をめぐらせます。こんな話を決してきらいではないのです。

保育園や幼稚園では、「てぶくろ」の劇は冬に定番ともいうべきもの。
大きな「てぶくろ」をつくって、小さいみんなが入って、「おじいさんがやってきた!」「にげろっ!」と駆け出すのを楽しみます。

素朴なウクライナの冬の森が浮かびます。読んであげるなら、3歳から。

■出版社:福音館書店

めっきら もっきら どおんどん

6kids.gif夏休みの子こどもたちはどこで遊んでいたことでしょう?
昔の小さい集落のまわりには田園があり、必ず神社と鎮守の森がありました。
夏休みになって子供たちが、網をもったりして出かけていくと、もうそこには同じ年齢の子供たちがやってきていて色々な遊びで時間を過ごすことが常でした。

もちろん何かの拍子にだあれもいない時もあります。

「あそぶともだちがだれもいない。みんな どこへいったのかな?」神社の境内に出かけたこの本の主人公のかんたくんは、しゃくだから大声でむちゃくちゃの歌を歌います。
すると木の穴から呼ぶ声が...。穴に落ちたかんたくんは3人のお化けたちと遊ぶことになりました。楽しく楽しくざんざん遊んでつかれた、かんたくんが「おかあさーん」と叫ぶとそこはもとの神社の境内。「ごはんよー」とおかあさんの声がきこえてきます。

私も含めて、昔の子供たちには誰にも思い当たる感覚があることでしょう。今の子供たちにとっては、どうなのでしょう?

実はこの絵本、保育園や幼稚園で読んであげると大変人気がある本の一つです。
文の作者は保育士の経験がある「おはなしくらぶ」主宰の長谷川摂子さん。読みながら子供たちが喜ぶポイントをおさえてあるのはさすがですね。
絵は、モーリス・センダックに出会って絵本の仕事をはじめたという降矢奈々さん。色彩感と迫力感ある絵に、子供たちは見入ります。

文と絵で子供たちを引きつけつづける、保育士さんや先生のおすすめの一冊。

■出版社:福音館書店

はれ ときどき ぶた

5kids.gif子供たちは時に荒唐無稽の想像をして楽しむものですね。
大人にはばかげているように思えても、子供たちにとってはそれはとても楽しい作業なのだと思います。

この本の主人公、十円やす、こと畠山則安くんは、毎日本当のことを書いていた絵日記をお母さんにのぞかれたのに腹を立てて、母さんをぎゃふんといわせてやろうと日記にへんなことを書くことにしました。

次の日から、日記に書いたへんなことがつぎつぎにホントのことになります。トイレに蛇がいたり、えんぴつのてんぷらを食べたり、お母さんの首がのびたり、そして「明日は晴れときどきぶた」と書いたら、空にはなん百頭、なん千頭というぶたが・・・。

学齢期前の子供たちでも、この本を読んであげると、お母さんの首がのびたり、ぶたが一杯そらに浮かんでたり、楽しい場面で声を上げて笑います。
作者の矢玉四郎さんのダイナミックな絵も子供たちの想像力をかき立てるのでしょう。

1980年から2001年9月までに実に115刷を重ね、子供たちの圧倒的人気を得ているヒット作です。
その後「はれぶたシリーズ」として6作までありますが、やはり「はれときどきぶた」が看板作品かな。 矢玉四郎さんは大分県別府市生まれ。

■出版社:岩崎書店

プー横町にたった家

4kids.gif私の本棚に古びた岩波少年文庫の一冊がありました。昭和33年9月10日第一刷ですから、もう40年以上も前に発行された「プー横町にたった家」です。

「プー横町にたった家」は、私の家の愛読書でした。私は、それを母から読んでもらい、また自分でも大好きな本の一つとして大切にしてきました。そして、それは今、娘の手元にあります。娘たちも、この本に親しみながら成長したのでした。

イギリスの作家のミルンが、息子のクリストファーロビンのために、ロビンとそのぬいぐるみの動物たちを主人公に、子ども向けの作品として書き下ろしたのが「クマのプーさん」、その続編が「プー横町にたった家」です。
日本では、石井桃子さんの訳で出版され、児童文学書のロングセラーとして今でも愛され続けています。

おっとりのんびりしているプー、小さいコブタ、皮肉屋のイーヨー、跳ねっ返りのトラー、カンガやフクロ、森の仲間たちが繰り広げる世界は、読んであげると小さい幼年の子どもたちにも好評です。
おなかがすいたトラーが、何でも食べられるんだといって、プーの蜂蜜やイーヨーのアザミなどを試してみて、結局、子どもカンガルーの麦芽エキスが一番あっているのを発見するお話などは、今でも鮮やかに私の記憶からよみがえってきます。

また、アーネスト・シェパードの挿絵も「シェパード以外の絵が想像できないほど、その内容に食い込んで」(石井桃子)いる、印象的な絵となっています。
近年では、くまのプーさんというとディズニーのアニメの方が知られていますが、この本の内容とは基本的に質が違うものだとは思います。ディズニーアニメ版のプーさん人気に少々食傷気味だった私は、かつて訪れたロンドンの土産物店で「プークラシック」として、シェパードの挿絵がバッジになっていたのを発見して大変喜んだことがありました。

「プー横町にたった家」は、シェパードの挿絵とともに、これからも小さい子どもたちにもっともっと親しんでもらいたいおすすめの一冊です。
訳者の石井桃子さんは「ノンちゃん雲に乗る」などの作品で知られると同時に、多くの外国児童文学を紹介してきた、児童文学界の大先達です。実は、私の二女の名前も、石井桃子さんにあやかってつけさせていただきました。(これは蛇足。) 

■出版社:岩波書店

お日さま笑い 光ちゃんが笑った

3kids.gif光男はやせっぽちで小さな男の子。いつもだまってて、くらいかんじ。でも、赤ちゃんのときは、とってもかわいくて、よくわらう子だったんだって。しんじられない。お父さんとお母さんがいないからかな。光男のこと、わらわせてみたいな。

小さい子どもの笑った顔はかわいいですね。顔の全部が口になったみたいに、大きな口をあけて、見ていると体がお日様にてらされたようにあったかくなるお日さま笑い。でも笑わなくなった子はどうやって笑いをとりもどせるのでしょう。

小学生の女の子・よりかの家にひきとられてきた五歳の男の子・光男。お父さんの高校時代の後輩の子どもです。光男の両親は突然の電車事故で死亡、親戚に引き取られましたが冷たくあつかわれ、しゃべらない子になってしまっていました。

よりかと家族は、何とかして光男の心をひらこうとしますが、簡単ではありません。でも、よりかの家族の愛情と豊かな田園地帯の自然につつまれて、次第に心を開きます。

光男の両親の死、あずけられていたの家の犬アカとその死、よりかの家の飼い犬ラック、乱暴で個性的な近所の男の子正二、カエル・ザリガニ・ヒバリ・子犬、生き物たちの命と死をとおして、命のいとおしさ、そして愛情の尊さを描きます。 心を閉ざす子どもたちや、虐待、子どもたちへの愛情、現代の私たちが直面する問題を児童文学としてテーマにしている意欲的な作品でもあります。

「ギャハハ、ギャハハ、ギャハハハ」と、声をたてて、光男はわらって、わらって、わらいつづけていた。顔がまっ赤になって、口がぱくっと顔のはんぶんほどもひらいて、わらう。わらう。わらう。
「お日さま笑いだ!!」よりかはさけんだ。 .....

家のなかに四人の笑いがうずまいて、家もからだをよじってわらっているようだ。 よりかはわらいながら、にじみでてきた涙をふいた。母さんを見ると、母さんも目頭を手でおさえていた。

光男の心を開くのに一役かったラックも、乱暴だけど光男が好きな男の子正二君も、そして両親が死亡する電車の事故も、実はモデルは実在のものです。 ラックは私のうちでかっていた犬ですし、正二君は近所にすんでいた大変個性的な男の子でした。電車は西日本鉄道の大牟田線、我が家は無人の踏み切りのそばで、かつて時々事故も起こり、車の家族がなくなった例も実際にあったのを記憶しています。登場する田園の自然は、まだ豊かだった当時の小郡市一帯・筑後平野の風情を伝えています。

それだけに、私はこの母の作品を大変いとおしいものに思います。

著者の世良絹子は、これまでにいく冊かの児童書を出版しています。日韓の交流を描いた『海に開く道』、幼年対象の『あっちゆきだよヒャータ』『ダンプカーを追いかけろ』、筑後の自然を背景にした長編『光の川』などです。
北九州市の児童文学同人誌「小さい旗」の同人で、すべてこの同人誌に発表したものから作品化されています。詩人の故みずかみかずよさんも同人でした。

世良絹子は、私と同様?人前でしゃべるのはあまり得意なほうではありませんが、その文章は結構、大胆不敵で骨太なところがあります。 子どもや動物、自然を見つめる目も、私はこれらの作品から学びました。

■出版社:ポプラ社

ふんふん なんだかいいにおい

2kids.gif食欲は生きていく力ですから、こどもたちには本来食欲が備わっています。だから、食べ物のにおいにも敏感ですね。

さっちゃんはおおいそぎであさごはん。くちのまわりはたまごのきみでくわんくわん。 てのひらはいちごジャムでべたべた。エプロンはとりのスープでしみだらけ。そんなことはきにしないで のはらにむかってとびだしていきました。 きつねのこがはなをひくひくさせて「ふんふんなんだかいいにおいがするよ」そこへさっちゃんがやってきす。「とまれ!おまえはめだまやきだな」

ここまでくると聞いてる子はニコニコっとします。つぎのくまのこは「おまえはいちごジャムだな」、おおかみの子は「おまえはとりのスープだな」、せりふがおかしいのですね。
野原でお花をとってきた さっちゃんは おかあさんにプレゼント。だっこされたさっちゃんをみて、動物の子どもたちはつぎつぎにおうちに帰りますが、おおかみの子は泣き出します。「おれの かあさん いないよー」 さっちゃんはいいます。「あたしのおかあさん かしてあげるから だっこしてもらったら」 おかあさんは「さあいらっしゃい」とやさくしだっこ。元気になったおおかみの子は帰っていきます。
「あたし ともだちがいっぱいふえたみたい」とさっちゃん。おかあさんは「あたしも こどもが ひとり ふえたみたい」。

西巻さんの表情豊かな絵と文で、子どもたちは、たまごやジャムの匂いをかぎ、おかあさんに包まれる姿を想います。そして、ここでのおかあさんは友だちもだっこしてくれる豊かな愛の存在です。 読んでもらっている間に、子どもたちはそれを再確認する作業をおこなうのではないでしょうか。
うちの娘たちも読んでもらうのが大好きな本の一つでした。 この絵本は西巻かやこさんの20年をこえるロングセラーの一冊ですが、西巻さんには40年をこえるロングセラー「わたしのワンピース」という絵本もあります。

うさぎの女の子が真っ白なきれでワンピースをつくります。お花畑を散歩するとワンピースは花もようになり、雨が降ると水玉模様、小鳥や虹のもようにつぎつぎと変わっていきます。
読んであげる大人が「あれっ、ワンピースがはなもようになった」と驚いてみせると子どもたちは目を輝かせますね。ちょっと楽しいファンタジーの世界に入るのです。
かつて保育園の先生にその本をいただいた娘たちは大事にして、これまた何回も読んでもらっていました。

■出版社:こぐま社

フレデリック ちょっとかわった のねずみの はなし

1kids.gifふゆがきて、いしがきの間にこもった五匹の野ねずみたちはこごえそう。そのときみんなは思い出した。冬支度もしないでいたフレデリックが集めていたというもの。おひさまのいろやひかりやことばのこと。 「めをつむってごらん」フレデリックはしゃべりだす。みんなは光や色やことばをかんじて、はくしゅかっさい。

作者は『スイミー』でおなじみのアメリカの人気作家レオ・レオニ。人の役割って何だろう、詩人がなぜ必要なのか、光や色・言葉のイメージの大切さなどをうたっているのだと思います。翻訳は日本の詩人・谷川俊太郎の好訳。

読んでもらって子どもたちはみんな、フレデリックのおしゃべりで、貼り絵のかわいいねずみたちといっしょに自分自分のイメージをふくらましていきます。ちいさいお子さんに是非読んであげてくださいね。 「おどろいたなあ、フレデリック。きみって詩人じゃないか!」フレデリックはあかくなっておじぎをした。そしてはずかしそうにいったのだ。「そういうわけさ。」 私は、この最後のせりふが大好きです。

■出版社:好学社

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