「せらちゃんノート: 2006年4月」アーカイブ

勤労者の声を! 第77回メーデー

第77回北九州メーデーが市内若松区のグリーンパークで開かれました。さわやかな晴天に恵まれ、多くの連合傘下の労働組合員その家族が参加されました。わたしたちは入場される参加者に対してマイクで街宣。私もひさしぶりにちょっとだけマイクを握りました。

千葉7区の衆議院補欠選挙で民主党の太田候補が勝利した事のご報告と御礼を申しあげつつ、これが連合千葉をはじめ多くの勤労者のご支援があったからこそであること。中央メーデーに出席した民主党小沢新代表も「額に汗して働く人々のために小泉政権は何をしたか」「増税や保険料引き上げ、正社員の長時間労働と不正規雇用の増加など、小泉政権のデタラメ政治の中で国民の生活と心は荒れ果てている」「政権交代によってまっとうな世の中を作っていくためには、連合の皆さんの支援が是非とも必要であること」を明確に申し上げたことなどをご報告しました。

「格差の何が悪い」とうそぶく小泉政権の5年間が、どれほど国民に犠牲と負担を強いているか、そしてその犠牲は一部の金持ちや「勝ち組」が負っているのはない、誰よりも私たち勤労者が負っているのですね。労働法制にしても、急速な所得格差が生む教育格差にしても、心を痛める我々勤労者がもっともっと声を上げて改善していく取り組みが求められています。
働くものの祭典・メーデーを機に勤労者の声が力強く響く社会になることを願いつつ記念式典などを終えた後、緑あふれるグリーンパークを後にしました。
写真は式典会場の様子。

胃と大腸の洗濯

10日前に続いての人間ドック、今日は胃カメラと大腸ファイバーによる検査でした。昨日から用意した下剤2リットルを3時間前から10分おきに飲み干して胃と腸の中のものをすべて洗い流すのですが、これがなかなか飲みにくい。それでもしっかり飲んでトイレに何回も行ってクリニックへ。
マウスピースをはめて麻酔の薬剤を口に入れて、その間に採血。上からと下から続いてカメラを挿入。意識がもうろうとする中で看護師さんんが私の体を動かしてるのがわかりました。
終わってからもしばらくベッドで休んですべて終了。検査結果は連休後にということになりました。「先生、現在の所で何かありますか?」「大丈夫でしょう。まあ今度説明しますよ。」

かつては検診も何も受けていなかった私も、成人病が気になる年齢でもあり、4年ほど前から胃カメラ大腸ファイバを含む人間ドックを受けることにしています。大腸の方は毎年でなくてよいそうです。命の洗濯ならぬ胃と大腸の洗濯を、たまに行う訳であります。
これまでのところは異常は見つかっていませんが、検査結果はやはり気になります。どうなんでしょうね。

在宅介護現金支給に「えっ!」高山市の施策

視察3日目は高齢者支援について、高山市議会でヒヤリングしました。
飛騨地方の中心地・高山市も昨年合併して21万7千人に。面積で岐阜県の20%以上を占めるのに、人口では4.6%。合併した周辺地区を中心に過疎が進み、多くの高齢者問題を抱えているだろうことは想像に難くありません。
説明をいただいた高年介護課の課長さんは「高山の高齢化率は平成18年で23.6%を越えました。第3期の介護保険料も基準額が月4900円となりました。お酒を飲むことが多い高山の文化もあって今後の健康・介護など高齢者生活支援の問題は市の大変重要な課題だと思っています。」と述べて施策の説明をされました。

高山市の高齢者生活支援で興味深かったのは、まず「温泉保養施設利用費の補助」です。温泉の多い高山市ですが、市が指定する温泉保養施設や銭湯の利用料360円から600円の内半分を市が補助するもの。年間一人20枚のチケット制で、計7万1千人が利用されています。なるほどなあ。

また「在宅寝たきり老人の介護者慰労金」として要介護4、5認定者を在宅で6ヶ月以上介護している家族に月1万円の慰労金を支給しているのには「えっ!」と少々驚きました。介護保険の制度の議論の際「介護者が縛られるおそれがある」として現金給付は取り入れられなかった経緯があるからです。
質問に対して課長さんは「施設入所を考えれば、経費は安いのであり廃止などは考えていない」と言い切りました。介護保険制度がありつつも、重度要介護者の在宅介護には確かに家族に重い負担がのしかかります。しかし在宅サービスのメニューもある介護保険制度を、一般施策で補完をする形のこの施策はいかがなものだろう、その効果などもさらに検証してみるべきなのだろうと感じました。

歴史ある高山市を離れて、午後私たちは名古屋へ。小牧の県営名古屋空港から50人乗りのボンバルディア航空製のジェット機で新北九州空港へと帰路につきました。定期航路開設後はじめてこの路線に搭乗しました。
小牧から北九州までわずか1時間余り。ちいさな飛行機はそんなに揺れもなく、アテンダントさんの対応もにこやかで良い感じでした。飛行機は定刻に北九州空港に到着。迎えにきたカミさんと一緒に帰宅しました。便利ですねえ、新北九州空港。

写真は高山市の歴史的町並み保存地区。名古屋空港から乗った50人乗りジェット。

主婦の子育て支援で活用・松本市こどもプラザ

2日目は松本市市議会で同市の子育て支援策についてヒヤリングした後「こどもプラザ」を見学させていただきました。

そこで興味深かったのは「児童館などの運営」でした。留守家庭児童だけでなく子どもたちの誰でもが遊べる館長と2人の職員が配置された市立児童館等(同様の館だがさらに広い児童センターも含む)が各小学校校区ごとに配置されています。利用は無料(ただしおやつ代は要)です。館の実際を見ることができませんでしたので、詳細は分かりませんが、せめて各小学校区に学童保育をと取り組んでいる本市の現状から見れば、これはすごいですね。是非一度見学したいものだと思いました。

また未就園未就学の子どもたちを対象に、その児童センターの午前中を利用して支援員を配置し、遊び場・交流・相談の事業を行う「つどいの広場」事業を実施しているそうです。結構人気がある事業でしかも国の8割補助があるので「今後も拡大したい」と担当者さんが述べておられました。(本市の現状を検証してみたいと思います。)

さて見学した「こどもプラザ」の方は、就園前(就学前まで可)の子どもたちと家庭を対象に各種の子育て支援事業と、病後児・休日保育をセットした施設で、訪れたときは不要な封筒を使って鯉のぼりをつくる行事が行われていました。
幼児をつれた多くのお母さんたちが楽しそうに参加されていましたし、壁には加入者を呼びかける多くの子育てサークルの手作り案内が張り出されていました。随時子育て相談も実施しているそうです。
登録された多くの家庭があり「行事のたびにこんな感じです。」と施設長さん。ちょっと手狭かなあと感じました。市内には計2カ所の同様の施設が設置されているとのことでした。
見学の後、陸路バスで岐阜県高山市に向かいました。
写真は松本市こどもプラザ。外観と行事の様子。

優良公立病院でも苦闘・諏訪中央病院

市議会厚生消防常任委員会の行政視察に出発しました。「物見遊山だ」などと何かと批判を受ける行政視察ですが、「百聞は一見にしかず」他市の取り組みを現地で説明を受け見学することが無駄だと、私は思いません。多くの学ぶべき点を吸収することができると思います。後でそれを活かすかどうかは議員の資質によるのであり、有権者の皆さんが正しく評価していただきたいと思うのです。

さて出発は新北九州空港からスターフライヤーでまず東京へ。飛行機は見事定時運行でした。(新規航空会社のスターフライヤー。就航率はすばらしいものの、定時運行には若干不安がありましたが、ようやく問題を乗り越えてきたのかと思いました。)

まず東京都介護予防推進モデル地区の指定を受け、千代田区が公園に設置した「介護予防施設」を見学。公園で子どもの遊具に加えて「あしのばし」や「お腹ひねり」などのできる健康遊具を設置したものです。見学した東郷元帥記念公園には身近な場所で気軽に励むことができる9種類の遊具を設置、10基で約870万円かかったそうです。 見学したのは午前中でまだお年寄りが使用している姿は見かけませんでした。どれほど活用され、効果があるのかは正直わかりませんでした。国の補助があるんだったら、公園に設置して「どうぞ使って下さい」というのも悪くはないかなあ、という感じでした。

東京を出発して長野県茅野市へ。ちょうど線路隆起事故で山手線が上下とも不通になってしまった時でしたが、中央線は大丈夫でホッとしました。
めざすは諏訪中央病院。地域と一体となった医療活動の展開で「病院らしくない病院」として親しまれ続けているこの有名な病院でのお話は是非お聞きしたかった。
名誉院長さんなどのお話などはさすがにお聞きできませんでしたが、事務長さんから病院の特長や経営の現状など興味深いお話をお聞きできました。 

この病院のスローガンは「あたたかな急性期病院」。手入れの行き届いた庭など院内の環境は患者を尊重した工夫がこらされていましたし、9つの住民ボランティアが支えています。
医療面でも、救急や心臓血管外科の設置、手厚い看護師の配置、看護学校や緩和ケア病棟の併設など、コストはかかるものの地域の総合病院として「いざという時に頼りになる病院」「患者さんを思いやる病院」としての整備がなされていました。
それでいて経営の内容を示す医業収支比率はずっと100%を越え続けているのです。つまり赤字を出していない超優良病院と言うわけです。日経新聞による経営安定度の評価では全国5番目だとの説明もありました。

しかし「産科など医師の確保」「診療報酬改訂」など今後の経営問題について私がおたずねしたところ、事務長さんは「うちも例外ではありません。産科医師の確保も極めて危ういし、診療報酬改訂の影響で正直どうなるか全く分からないのです。」とお答えになりました。
この超優良病院にして、経営の不安を抱えているのです。同病院は、この地域では唯一の病院です。これが破綻したら誰が責任をとるのか。

「国は病院を潰そうとしているのか」との声がでるように、定見もない医療費抑制だけが自己目的化した医療行政が続く限りこの不安はなくならないと痛切に感じました。
写真左は千代田区東郷元帥記念公園の「背のばし健康遊具」。右は八ヶ岳連峰をのぞむすばらしい環境にある諏訪中央病院。

衆院千葉7区補選で民主・太田さんが当選

先ほど千葉7区衆議院補欠選挙の結果が出ました。民主党公認の太田和美候補が、自民党(公明推薦)候補・共産党候補を破って初当選を果たしました。嬉しいですねえ。
同時に行われた沖縄市長選挙でも民主・共産・社民推薦の東門さんが自民・公明推薦候補を破って同県初の女性市長となりましたし、岩国市長選挙や東広島市長選挙でも自民党推薦候補が敗れるという結果が出ています。

この結果は、改革の名の下に無原則な規制緩和と競争をあおることが実は国民生活の質を低下させ格差社会を生み出す結果でしかなかった小泉自民党政治の陰の部分(というより本質的なもの)に有権者がようやく拒否反応を示し始めたものと見ることができるのではないでしょうか。
同時に民主党にとっては、あの馬鹿げたメール騒動以来迷い込んでいた暗く長いトンネルを抜け出すことができたのではないかという点で大変意義深い選挙結果であるという事が出来るでしょう。
もちろん結果は約千票差という接戦であり、調子に乗るわけにはいきませんが、自民・公明の与党政治勢力と、民主党に対してまでも「格差を拡大した勢力」と批判してはばからない共産党を向こうに回しての勝利は堂々たるものだと言って良いのではないでしょうか。
小沢新代表の下での初勝利を喜びつつ、今後安定感のある政権交代勢力として民主党が改めて信頼を集めることが出来るよう、みんなで努力しあいたいものです。
まずは千葉7区をはじめとする有権者のご判断に心より敬意を表したいと思います。
ありがとうございました。

明日からは市議会の常任委員会での行政視察です。パソコンを持って行きませんのでご報告は26日夜に帰宅して以降となります。あしからずご了承下さいませ。 

道州制で勉強会。難しい課題ですねえ。

市議会の会派で円卓会議と称した勉強会を続けています。今日はちょっと毛色が変わって「道州制」がテーマでした。
この2月に地方制度調査会が答申した「道州制のあり方の関する答申」の内容を説明してもらって意見交換しました。
市町村の合併が進むとともに府県を越える広域行政の課題が増加していることや、地方分権に対する意識の高まりなどを背景に、「国の役割を本来果たすべきものに重点化して、内政は広く地方公共団体が担うことを基本とする」道州制へむかおうというものです。

国や県の出先機関による二重行政や、補助金などを通じた相変わらずの中央集権的行政の現状をみている身からみれば、県をなくして州に一本化し権限と財源を移譲された一定規模の基本自治体が地域行政を担うというのは「あるべき姿」であると容易に理解できます。だが、問題はそこにどのようなプロセスで移行するのか。
北海道で「道州制特区」として今年度にもモデル化されようとしている姿を聞いても、スローガンは「道州制」でも実際は道路行政など国の権限の一部が道に移管されるだけで「財源」はついてこない。それどころかその分の公務員を「道で受け入れろ」と押しつけられる可能性があるといったように、ふたを開けてみれば何のことはない国の財政削減に自治体が利用されただけということになりかねないのではないか危惧するむきがあります。
財源はついてこず権限の移譲も中途半端におわってしまっているこの間の「特区」の実際をみれば十分あり得る話ですね。
「国関係者は、道州制を進めるといいつつ北海道で失敗させて道州制をつぶそうとしているのが本音ではないか」との声も上がりました。
産業基盤や観光資源、農業力などが揃い比較的「自治州」が成立しやすいと見られる九州で見ても、たとえば各県の職員数4万1807人に対し国の出先機関定員は3万277人とほぼ同数。道州制ではこの二重行政が解消されるはずですが、一体どうやって実現で来るでしょう?

道州制の意義は理解できるものの、それに向けてどう具体的に進むのか、まだまだ難しい課題だということができるでしょう。
今後も国や関係機関の動向を注視しつつ勉強していくこととしましょう。

第56回武蔵・小次郎まつり

剣豪・宮本武蔵と佐々木小次郎による巌流島の決闘が行われたのは慶長17年(1612年)の4月13日のことだとされています。4月13日に一番近い日曜日に毎年、小倉北区手向山公園で「武蔵・小次郎まつり」が行われてきました。56回目の今年もお招きいただきましたので伺いました。
今日は昨日とうって変わっての晴天。その代わり大変気温が低く、お年寄りなどにはちょっとつらい日だったせいか、全体の参加者は昨年よりも若干少なかった気がしました。
それでも慰霊祭にはじまり、式典、演武の奉納や剣舞、剣道大会や演芸会など多彩な行事が行われ多くの方が参加される一日となっていました。

手向山公園には武蔵の養子で小笠原藩の家老であった宮本伊織が建てた顕彰碑があり、ここに書かれた千字余りの碑文が全ての宮本武蔵伝の出発点となりました。
吉川英治さんや村上元三さんの小説などで、剣豪・宮本武蔵は世界的にも知られるようになりましたが、その全ての原点はこの碑文なのです。

ところで伊織は武蔵を顕彰するのに、なぜ碑文を漢文で書いたのか。当時の上級武士は当然の教養として純正漢文が書けた。伊織の後、五代将軍綱吉の時代には王朝時代に次ぐ日本漢文の2番目の黄金時代を迎えることになるのですが、武蔵の偉業を顕彰するのに小笠原藩の家老・文化教養人たる伊織にとっては純正漢文の碑文が当然だったのでしょう。(以上の、教養としての漢文の歴史などについては加藤徹先生の『漢文の素養』(光文社新書)によります。大変興味深いご本でした。)

武蔵と小次郎の原点となった千字余りの碑文は、いろいろな意味で興味深い大切な歴史的遺構です。今後とも大事にしたいものです。
「それにしては、そのことが余りに知られていないよねえ」と、誰かが言ってましたっけ。そのとおり。私もことある毎に誰彼なくお話しているのですが、それが現実。この碑文や小次郎の碑も含めてもっともっと全国に知られるよう市レベルでも工夫したいものですね。

櫓山荘公園が完成オープン!

小倉北区中井浜にある櫓山荘跡地は大正期の建築請負業・橋本豊次郎邸跡。アメリカで建築を学んだ豊次郎自ら設計し建築した和洋折衷3階建ての瀟洒な建物でした。
文化活動に熱心だった豊次郎の自宅櫓山荘は、大正から昭和にかけての商業都市小倉の文化サロンとして、作家や作曲家・歌手・舞踊家など多彩な人々が出入りしました。
俳句の巨人・高浜虚子を迎えた句会の日、暖炉に放った落椿を読んだ虚子の句に感動した豊次郎夫人の橋本多佳子は、参加していた天才女性俳人・杉田久女に俳句の手ほどきを受けることになります。

この櫓山荘跡地は、櫓山の名となった番所跡緑地と併せて市の所有となり公園とされました。その間、残っていた櫓山荘は市によって取り壊されてしまった他、公園も荒れ果てた寂しい状態で取り残されてきたという具合でした。
しかし、杉田久女や橋本多佳子の顕彰を進める俳句関係者の方々をはじめ北小倉自治会の皆さん、そして市長を先頭とした行政関係者のご努力で、この地が「櫓山荘公園」として生まれ変わることになりました。何回ものワークショップを経た基本計画がつくられ、平成16年度から1億5千万円3カ年をかけて整備がすすめられてきました。
そして今日、開園を迎えることになったのです。

櫓山荘跡地の公園整備を市議会で再三にわたって要望してきた私としても、嬉しくないはずがありません。 
今日の式典に参加していた同僚議員の皆さんから「おめでとう。新人の時から世良さんががんばってきたことが実ったね」など次々にお声をかけていただき、面はゆくも喜びに堪えませんでした。
これからは駐車場も整備され、吟行などにも大変便利な場所になると思われます。北小倉まちづくり協議会会長が「この公園を我々の財産とし楽しく有効に使っていきたい」と述べられたように、どのように活用していくかが課題だと思います。

かつて残っていた櫓山荘が取り壊されてしまった(橋本多佳子の四女・美代子さんも取り壊しをご存じなかったそうです。「できればステンドグラスなども残しておきたかった」と思われたそうです。)のは 返す返すも残念ではありますが、駐車場にはこれを説明する何らかの資料展示施設なども検討してはいかがでしょう。

式典の後、記念講演をされた中央図書館の轟良子さんは「ここで久女と多佳子が出会って日本の女性俳句の源流となった。句会の題・落椿にちなんで今日を椿の日としてはどうか」と提案されました。良いですね。
 今後の櫓山公園の整備と、久女・多佳子をはじめとする文化顕彰事業が発展できるよう願わずにはいられません。

そこで今日の日に感謝を込めて一句。「椿落つ旧楼の雨に情けあり」(ちょっと俳句らしくないか。失礼しました。)

写真は、雨の中テープカット(左からお二人目が橋本多佳子さん長女の美代子さん)
左は記念講演する轟良子さん。(相変わらず楽しいすばらしい講演でした。)

だから言わんこっちゃない?行政保健師問題

市議会の厚生消防常任委委員会が開かれました。当委員会は市民からの陳情請願が多い委員会としても知られており、そのため6日に続いて今月2回目の委員会です。

この中で、介護保険法の改正で介護予防事業を進める拠点として市が設置する地域包括支援センターとこれに伴う行政保健師活動についての論議がされました。
同センターが設置され、これを直営として地域を担当していた行政保健師24人を当てることとしたため、少なくなる行政保健師の活動をどうやって埋めるのかがこれまでの委員会でも議論されてきました。

市は当初「行政保健師の活動を見直したため14人分が削減できた。勤務時間6時間の嘱託保健師24名で残りを埋める」ことにしていたのですが、実際募集してみると嘱託保健師さんの応募は少なく欠員が出ることに。そこで6時間勤務を8時間のフルタイム勤務としてカバーしようとしましたが、それでも欠員が出る事態となったのです。
前回の委員会では「どのようにカバーしようとするのか」という質問に、総務課長が
「あと一人でカバーできる」という趣旨で答弁したため、よりわかりにくくなりました。
6時間嘱託24人の業務をカバーするのに10人のフルタイム嘱託ですむのはとうてい考えられないからです。
今日も続いた質疑でも、当局の答弁は結局理解できないまま。委員長が「次回までに経過と内容を分かりやすく説明できる資料をつくるように」と指示する異例の事態となりました。

私の得た資料でも、24人を埋める業務量はおよそ「16人のフルタイム」と記され、これに基づいて1月から関係部局に説明してきたことになっています。これがなぜ10名ですむのか説明は依然はっきりしません。

私は当初から「なぜ包括支援センター業務を直営とし、行政保健師を移行させてあてようとするのか?その地域業務分を短時間嘱託さんでカバーできるのか心配だ。」と疑問を投げてきました。その心配が現実になってきているようです。「だから言わんこっちゃない?!」
いずれにしろ当局からは十分な説明がなされる必要があります。介護予防業務はまだ始まったばかり。地域の健康づくりは何よりも市民のための事業です。地域保健業務の後退を引き起こしてはならない課題です。

市政レポートができました。

市議会が閉会してからパソコンにむかって作成作業を続けてきた「せら俊明市政レポート」がようやく形になりました。A4版6ページで、今回市議会本会議で取り上げた「産科医療体制の充実」や「地 震対策」「市文学館問題」などについて議会でのやりとりや、私の考え方などを中心に編集しております。
さらに3月25日に新北九州空港から関東を往復したスターフライヤー搭乗記なども掲載しております。いずれも編集・文章はわたくし世良俊明自身が行っております。
ぜひご一読下さいませ。(色々な方法でお読みいただけるよう工夫しているつもりですが、お目につかない場合は事務所にご一報くださればご送付申し上げます。)

今年のお花見も今日明日ですか?

今日は町内長寿会のお花見でした。例年お招きいただいておりますので、今年も会場となった足立公園に出かけました。
風もなく、気温も低くなくて絶好のお花見びより。満開の桜の下で、皆さん「今日はゆっくりしていこう」とご機嫌でした。
桜をみながら地域の先輩達のお話をお聞きするのは楽しいことです。私たちが知らない地域の昔の姿をいつも思い起こさせていただきます。
足の悪い方もおられるので、帰りは皆さんタクシーで家路につかれました。私は皆さんをお見送りして、花を見ながら散歩ついでに歩いて帰路につきました。自宅までは歩いても15分程度。気分の良いお花見でした。
ただ、明日からは雨の予報もあり、比較的長かった今年のお花見日和も今日明日というところでしょうか。
先輩の皆様方ありがとうございました。

写真は満開の桜と、足立山全景。

小沢一郎新民主党代表が決定

今日は長崎市で民主議員フォーラム九州ブロックの役員会が開かれましたので(日帰りで残念でしたけれど)参加してきました。
会議が始まるころに民主党の全国会議員による新代表の選挙が行われていました。立候補の演説会がはじまったところで、会議の参加者も会議はひとまずおいて「菅・小沢両候補の演説を聞こう」ということでテレビに見入りました。

選出される候補の演説は良く聞こえるものなのでしょうか、小沢一郎氏の演説は分かりやすく熱意のこもった良い演説だった気がしました。一方の菅さんのほうは「少しお疲れなのかなあ」と思うような感じ。結局、小沢氏119票、菅氏72票で小沢一郎氏が民主党の新代表ということになりました。
居合わせた九州の民主党地方議員の役員メンバーの大半は「小沢さんで良いんじゃないか」という感想だったと言って良いと思います。
あまりにもひどい民主党をめぐる現状を何とかしてくれよ。政治的経験も豊富な小沢さんが党首にすわってまず反転攻勢にむかおうではないか。ということだと思います。
昨年選挙を終えた私たちとは違って、彼らの大半は来春の統一自治体選挙に臨む仲間たちばかりなのですから。

それにもう一つ。前原前代表がメール問題で政治的危機管理能力に不安を与えただけでなく、アジア外交をはじめとする安保外交の基本問題について、党の憲法見解や日中をはじめこれまでの友好関係の経験を逸脱するかのような発言を繰り返したことで、党内に民主党の進路を危惧する感情を産んでしまった気がします。党内の仲間たちへの説明責任の面でも不安が生まれてしまった。
皮肉にもタカ派だと見られてきた「小沢一郎路線」の方がむしろ安定的で筋が通っているとの評価を生んだのではないかと私は思いました。
小沢代表の今後の舵取りに、党内の私たちも注目していきたいと思います。まずは何より民主党への国民の信頼をとりもどす作業からですね。

長崎からを午後8時過ぎに立って小倉に戻りました。ゆっくり泊まって開催中の「長崎さるく博」でも見学できればよかったのですが、またの機会にしたいと思います。そうそう、新しくなった出島だけは会議の前に見ることが出来ました。結構面白かったですよ。

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