「せらちゃんノート: 2006年8月」アーカイブ

本当は怖い無呼吸症候群 健康セミナー

せらちゃん倶楽部の第4回健康セミナーを開きました。今回のテーマは「今夜もすこやかに眠るために」。21世紀の国民病ー睡眠呼吸障害について、地元・小倉北区霧ヶ丘つだ病院津田徹院長先生を講師にお招きしました。
天気予報では「晴れ」だったはずなのに、連日の雨がやまず終日雨がつづきました。「これじゃあ地元のお年寄りなど来にくいよなあ」と心配していましたが、この雨をものともせず60人以上の方々があつまって下さいました。
私もちょっとだけ市政報告。ゴミ問題や産科問題など議会での取り組みをお話させていただきました。

メインの津田先生のお話では、広がる睡眠障害について、まず子どもからお年寄りまで睡眠が短くなったり、睡眠がとれなくなっている社会背景を指摘された上で、必要な睡眠をとることの重要性と、睡眠をとるためのポイントなどを分かりやすく解説いただきました。
その上で、睡眠呼吸障害の内容と恐ろしさ、さらにはタバコの害などについて具体的なお話をいただきました。
質問の時間では、参加者から睡眠やタバコの害についてご自分の状況をふまえた質問が相次ぎ、この問題についての関心の高さがうかがえました。

雨を押して来ていただいた参加者の方々からは「今日来て良かった」「良い話だったね」などご好評をいただきました。私もホッとしました。津田先生、本当にありがとうございました。
 写真は、セミナーの様子。

合言葉はハートフル!北橋健治さん出馬表明

来年の市長選挙に民主党衆議院議員の北橋健治さんが立候補することを今日正式に表明しました。これですっきりしましたね。いよいよ闘いが始まります。

北橋さんは記者会見に臨んだあと、小倉駅前のペデストリアンデッキで街頭演説を行って市長選挙に臨む決意を述べました。
その内容は主に5点。①まちとして足腰を強くする。(地域が主役のまちづくり)②まちづくり合い言葉はハートフル(人に優しい元気な街へ)③力強くはばたく経済(地場企業重視と雇用)④誇れるブランドイメージ⑤民の発想と市民参加など、行き交う市民に語りかけるように訴えました。
「市民はもちろん、市長も局長もみんななにかボランティアやりましょうよ。みんなで自分たちのまちをつくりましょう。国のお役人がリードしなければやっていけない北九州ではありませんね。」
自分の気持ちを素直に表現した北橋さんの訴えはさらに熱を帯び、道行く市民の皆さんからは早くも「北橋さんがんばってね!」の激励の言葉も飛びました。良い雰囲気でした。

自民党さんをはじめ、お役所の強大な影響力を駆使した相手予定候補の力は確かに強大だと思いますが、市民の皆さんの気持ちをとらえることが出来れば、決して勝てない選挙ではないと思います。理は我々にあり、是非がんばりたいものです。
写真は街頭で訴える北橋健治さん。

櫓山荘の復元!出来れば良いですね。

年に一度の「久女・多佳子の会」の総会が開かれました。そこで話題になったのは、久女・多佳子のゆかりの地・櫓山荘の復元の話でした。公園として整備された櫓山荘公園内に、あの洋館を復元し、記念館とするとともに市民に活用できないだろうかというもの。いい話ですねえ。
橋本多佳子の夫・豊次郎が建築した櫓山荘は、ここに高浜虚子が訪れて杉田久女と多佳子が出会うなど、近代女性俳句の源流をなした場所と言って良いと思います。数多くの文化人が訪れたほか、今では到津の森動物公園に引き継がれている子どものための林間学校も開催されるなど多彩な文化サロンとして機能していました。
前谷市長時代に老朽化を理由に取り壊されてしまったのですが、返す返すも惜しいことをしました。今残っていれば修復だけですんだものをねえ。(谷さん自体、政治的しがらみから杉田久女の復権に力を注ぐことはなかったと伝えられています。櫓山荘の取り壊しはそれとの関係があったのでしょうか。)
すでに市内有志のご努力によって設計図など復元に必要な図面は整っており、不可能なことではありません。
問題は、資金と世論の盛り上がりであり、これには全国の人々の支援なくしてはかないません。今後、どのような方法が可能なのか「大いに検討していきたいね」と話は盛り上がりました。

一方、この秋に開館予定の市文学館での杉田久女・橋本多佳子の扱いをお話ししたら、
「せっかくの文学館に二人がちゃんと取り上げられていないないなんて」と、皆さん大いにがっかりされていました。
「久女さんは国の宝」(田辺聖子さん)であることを未だに理解できない自称・文化人の仕打ちには、私も不快感を禁じ得ません。その才能と業績を不当に評価され、貶められてきた久女は、没後60年も経った今も不遇をかこち、その復権のためになお闘い続けなければならないとは、なんたることでしょう。

納涼祭つづく夏休み終盤

昨日は私の校区・三郎丸校区の納涼祭が行われました。今日は、米町校区の納涼祭、週末には足立校区の…。どの校区でも、夏休み終盤に子どもたちも参加できる交流行事としての納涼祭が開催されます。私も出来るだけ参加させていただいていますが、それぞれにイベントなども工夫されて楽しい催し物となっています。
各種行事のご準備はとても大変でしょうけれど、校区コミュニティの強化を図る取り組みがこれからも大いに充実してほしいものです。

これらの行事には、小倉北区長さんが気軽に顔を出して下さっていますが、校区コミュニティと区役所の連携は今後の重要課題。私たちも、地域に根ざした市民活動を支援できる仕組みを充実したいと考えています。それには区役所独自の予算を充実する必要もあるでしょう。先日勉強に行った川崎市も札幌市も、区役所のこうした予算を拡充し、地域の市民活動を支援するよう努力されているようでした。これからの市政のあり方を検討する中で議論しながら具体化したいと思っています。市長選もありますしね。

写真は、雨のため体育館で行われた三郎丸校区の納涼祭と、チャチャタウンで行われた米町校区納涼祭。こちらもちょっと雨でした。

故人をしのんで盆踊り

今日は町内の盆踊りでした。
わが町内の盆踊りはシンプルなものですが、昔からちゃんと初盆を迎える方の祭壇を設けて、その前で皆が故人をしのびつつ踊りを踊るという盆踊りの原型を保って行われているのです。
また踊りの最後には、ここ企救郡一帯に伝えられている「能行口説」を踊って伝統を伝えていこうという努力も続けられています。
今年は、アンプやスピーカーのセットを一新。「どんな歌手が来たって大丈夫だねえ」というすばらしい機器が整えられました。
連日の猛暑のせいか、参加者は昨年よりも少なめの気がしましたが、例年おいでいただける町内の皆さんはほぼ元気な姿をお見せになりました。
汗をかきつつ楽しく踊ってお盆の一夜がすぎました。運動会と並ぶ町内の2大イベントの一つが終了しました。(写真は盆踊りの様子。)

 テロを呼び込む「扇動政治」

ところで、今日危惧されていた小泉首相の「靖国神社参拝」が強行されました。「何時行ったって批判される。それなら」と終戦記念日の強行となったのだとか。「戦犯をお参りに行ったんではない」とも。
全くこの人は最後までパフォーマンスを優先させる真に希有な首相でしたね。結局のところ彼は政治家ではない、扇動家だといって良いでしょう。
パフォーマンス(その最も華々しい舞台は選挙でした)で世間にさざ波は起こすけれども、それがどのように「国益」や「日本の未来」とつながっているかの説明はしない。いや考えていないのでしょう。そんなことはどうでも良いのだ。
解決の方向を示さないまま、ことさら対立をあおっていくことは、国民の冷静さを失わせる結果につながります。極端に現れれば、左右のテロを呼び込む可能性があると心配していました。 
そんな中で首相の靖国参拝を批判していた加藤紘一議員の自宅が全焼しました。どうやら右翼的言動をしていた人物によりる放火テロ事件のようです。先行きが懸念されます。
それにしても小泉さんは「人の己を知らざるを患えず」などとよく論語を引き合いに出すようですが、同じ論語ならば聖徳太子が引用した「和をもって貴しとなす」を学んでほしいものですね。

このままで良いだろうか-長崎原爆忌に

61回目の長崎原爆忌です。今日も勝山公園の一角にある長崎の碑と鐘のまえで平和記念式典が行われました。原爆が投下された時刻の午前11時2分全員で黙祷し、原爆で亡くなった方々のご冥福と核兵器廃絶への願いを込めて祈りました。その後、いつものとおり献花・献水そして鳴鐘を行いました。

鐘の音が響く中、原爆忌はこれで良いのだろうかと二つの点で思いました。
一つは、被爆者の皆さんをはじめ多くの国民が、世界の核廃絶・核不拡散の流れの変化を懸念されている点です。被爆61年、世界ではむしろ核兵器廃絶に逆向する力が強まってきているのではないか。被爆国日本と日本国民の取り組みを今後どうしていけばいいのだろうか。広島でも長崎でも、いらだちと懸念の声が強まっています。
国際政治の緊張を背景に国家主義と軍事力の強化を主張するだけでは、核廃絶の願いに応えることはできないでしょう。右翼が街宣していく光景に鼻白みながら、日本政治の質を思いました。

もう一つの思いは、この記念式典です。被爆者や遺族関係者の高齢化はますます進み、遺族の平均年齢は74歳を超えているそうです。現在の慰霊碑や鐘の前には車いすでは進むことが出来ず、献花や鳴鐘はできません。公園の一角で行う記念式典のあり方も検討が必要ではないでしょうか。
高齢者が行事に参加できるバリアフリー化について、また慰霊碑の位置や式典のあり方まなど、関係者の意見をふまえて改めて検討する時期に来ているように思います。
 機会をみて今後議論していきたいものです。 

マニフェストの効用を強調ー北川元三重県知事

民主党福岡が次代をになう政治家を発掘しようと開催を計画中の政治スクールのプレイベントが昨日福岡市で行われました。
元三重県知事の北川正恭さんがローカルマニフェストの作り方などについて記念講演されましたので、私も出かけました。

じつは私は、これまで「政治家の公約はいい加減で無責任であった」として「明確な政権公約(マニフェスト)を有権者に示して選挙をすすめるべきだ」との考え方にあまり興味をそそられませんでした。
というのも政治家が自分の考えや明確な公約を示すこと、そして誠実に実行する姿勢を示すことは、マニフェストという形で示すまでもなく当然のことだと考えてきたからです。抽象的で無責任な公約を掲げてきた政治家の責任であって、その資質や姿勢を正しく判断して淘汰してこなかった有権者の弱さの問題だと思うのです。

でも、改めてマニフェストを示してしっかり選挙を闘うことが一般的になるのだとしたら、それを否定する必要はありませんね。
北川先生(現在、早稲田大学の教授をなさっています。)は「マニフェストを掲げないと選挙自体を闘えなくなってきている」と強調します。「マニフェストを掲げて当選した首長は、その基盤を強くすることが出来る。」「マニフェストは、有権者にとっても気づきのキーワードであり、民主主義を深めることが出来るのだ」と述べられました。
確かに出来ること出来ないことを見分けて、責任ある姿勢を有権者に示し、有権者にも考えていただく道具としてマニフェストは有効でしょう。

北九州市長選挙でも、両陣営がマニフェストを示しあい、市の抱える課題をどう解決しようとするのか大いに議論し合う選挙になれば、市の将来にとっても有意義な選挙となるでしょう。誠実な論争を期待したいものす。

わっしょい百万夏祭りで

北九州の夏祭りは昨日の第19回わっしょい百万夏祭りでフィナーレを迎えました。今年も盛大に百万踊りが行われたほか、恒例の花火も打ち上げられ盛り上がりをみせました。
私たち議員も今年も先頭集団に混じって(ちょっとだけ?!)踊りました。昨年よりは幾分か暑くなかったような気がしました。

このとき奇異に感じたのは、先頭集団で国会議員さんなどに混じって、市長候補予定者が入っておられたことです。お客さんを呼んではいけないなんて野暮なことは申し上げるつもりもありませんが、なぜ彼が誰によって呼ばれたのでしょうかねえ。昨年まで参加していた前衆議院・城井崇くんなどにはお呼びもかかっていないのにです。
また彼には市の前収入役が付きっきりでした。お辞めになった民間人だとはいえ、ついこの間まで市の幹部をされていた方が、影響力を行使されるとすれば、これはフェアとはいえないのではないでしょうか。

おまつりへのお客さんもおられるので、踊りには参加しましたが、私は正直、ちょっと不愉快な気分になりました。やれやれ、先が思いやられますね。

北橋さんの相手決まる 市長選挙

来年一月に施行される予定の北九州市長選挙に出馬するとして、国土交通省都市地域整備局長であった柴田高博さんが記者会見を行いました。自民党の方々の出馬要請を受けた結果だそうです。すでに市長選出馬の意向を示してきた民主党衆議院議員の北橋健治さんのお相手が決まったわけです。

現末吉市長の前の谷市長は国鉄官僚、末吉さんは国土交通省。二人の官僚出身市長が都合40年間北九州市政を運営してきました。その上でまたさらに国土交通省のトップ官僚がこの町の運営に当たるというのが、果たして適当なのでしょうか?
柴田さんという方のお人柄は存じませんが、旧建設省から20年以上中央官僚生活を送って来られた方が、地方分権の時代にあって市民が主役の地方政治を実現するリーダーにふさわしいとは考えにくいというのが率直な私の意見です。

これからどのような政策を示していかれるのか、大いに楽しみにしていますが、記者会見では「昨日まで国の仕事をしていたので、市政の詳細な内容を把握していない。」などと述べられていたようです。北九州という国の出先に赴任されたような感覚ではあっていただきたくないものですね。

一方の北橋さん、自身の出身は兵庫県ですが20年来北九州市に住み続け、息子さん達は東筑高校をはじめ地元の学校を出ています。
この間の国会での論議と経験で、地方自治における国の役割や限界も熟知されていますし、何よりも市民の側から地方自治を見つめることができる方だと思います。
次の市政のリーダーは、お役人か、市民か、あなたはどうお考えですか?

道のり遠いコムシティ再生

今日は議員団が開催している非公式な勉強会「円卓会議」。テーマは都市計画マスタープランについてでした。
本題に入る前に黒崎駅西地区再開発事業についての現状説明を受けました。

再開発の中心を担って開業した黒崎ターミナルビル(KTB)は、開業からわずか1年半後の2003年5月経営破たんし、現在は破産管財人の手にゆだねられています。事業に投入された国・県・市の補助金は約110億円。KTBは122億円の債務をかかえており、その中には市の融資34億7700万円も含まれています。

現在、破産管財人は同ビルを改めて商業施設として再生させようとしており、そのために市などの債権者に対して債権放棄を求めています。了承されれば市の融資も回収されないままさらに消えてしまうことになります。
 同地域の商業圏域は現在に至るまで拡大しておらず、果たして商業ビルとしてやっていけるのか疑問視する声も多いのが現状です。一方、ここに区役所を移転して再生させてはどうかとの意見もありますが、移転するには建物の改築の他、他者の債権の買い取りなどの問題もあり、新たに市が資金を投じる必要がでてくると思われます。破綻した第三セクターの再生に全ての債権を失った上、さらに多額の資金を投じることに市民の理解が得られるかは疑問です。

いずれにしてもコムシティ再生の道のりはまだまだ遠いと言わなければなりません。それにしてもこれほど杜撰な事業がどうして進められたのか、なぜチェック機能も十分に働かなかったのか、強い反省の気持ちを持って、私たちも今後の制度改正論議にのぞんでいきたいと思います。

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