「せらちゃんノート: 2007年5月」アーカイブ

初のハートフル予算議案が配布 来月4日から市議会

今日は議会運営委員会が開かれて、北九州市議会6月定例会の来月4日からの開会が決定されると同時に、新年度予算案などの議案が配られました。
同予算案は、2月に当選した北橋健治市長が初めて編成した本格予算案。マニフェストの具体化をはじめ、選挙で約束した課題をどう実現しようとしているのか市民の注目が集まっています。
配布された予算案では、市長がマニフェストでお約束していた、例えば教育関係では中学校給食は実施の方向で検討が始まりますし、小学校給食の食器は全ての学区で改善を実施、評判の悪かった学校のトイレも積極的に改善。少人数学級も来年度から実施にむけて準備を開始します。いずれも過去の市政では、市民の強い要望がありながら何年も実施を見送られてきた事業です。
国からの地方交付税が前年比で90億円も減らされるなど極めて厳しい財政環境の下で、一般会計予算は三年連続で減額となったものの、145億円の経営改善を行う一方、マニフェスト事業には299億円を盛り込んだ案となりました。
 今ざっと見渡しただけでも、これまでの市政とはかなり違っており北橋市長が公約で選挙で当選した効果が明確に現れた予算となっていると思います。
我々も明日からの勉強会などでさらに検討研究していくことになりますので、詳しくはこれから改めて随時ご報告をさせていただきます。

ところで、今日のお昼に報道された松岡農水大臣の自殺は衝撃的なニュースでした。松岡農水大臣をめぐっては国民から見るといかにも不自然不明朗なカネの動きが沢山ありながら、安倍首相がかばい続け、本人も不敵な笑いを浮かべていたので、まさか自殺という結末になろうとは私も思いませんでした。かつての、やはり強面で知られていた中川一郎氏の自殺事件をすぐに思い出しました。
不敵だ不遜だと言われていても、政治家というのは案外脆い存在なんですね。特に、利権やカネを巡って司直に追いつめられた場合などには「もうだめだ」となってしまうのでしょう。
どんな場合でも人の死は痛ましいものです。松岡大臣の死を契機にして、任命権者としての安倍首相はこの事件の全容を解明するとともに国民の前に明らかにすべきでしょう。また事件の背景となったと思われる政官業癒着の利権構造を排して国民に信頼される政治実現する具体的な責任を負っていると言わなければなりません。
もちろん民主党を含む世の政治家も(地方議員も含めて)自戒しつつ、さらなる努力をつづけて行かなければならないのは言うまでもありません。

岩本つかさ参議が事務所開き

次期参議院議員選挙も7月22日の投票日を見据えて各党候補者の動きも活発になってきました。
今日は、わが民主党の参議院議員・岩本司さんの事務所開きが福岡市で行われましたので出かけました。
事務所は、昨年、福岡市長選挙を吉田宏市長候補が闘った事務所で誠に縁起が良い場所。挨拶にたった、松本龍民主党福岡県連代表は「民主党を躍進させていただいた自治体選挙をホップとするなら、参議院選挙がステップ、必ず勝利して次の衆議院選挙でジャンプし日本の政権交代を実現しよう」と訴えました。
また連合福岡の砂川副会長は「知事選挙では支持がバラバラとなったがこの参議院選挙では民主党と連合が一体となって選挙が出来る。格差を拡大し社会不安を拡大する自民党政権に対して私たちも共に闘っていく」と決意を述べました。
岩本司さんは「二回目の選挙に向けて闘いが始まります。これまでお支えいただいた皆様に感謝します。自分は他の誰よりも命を張って現場をみつめ行動してきた。行動主義を選挙戦でも貫いて、県民お一人お一人に訴え勝利するまでがんばり抜きます。」と述べました。その後、前回と同様、選挙中に乗って走り回る予定の自転車にまたがってデモンストレーション。マスコミのフラッシュを浴びて元気なところをアピールしていました。
事務所開きは、昨年の福岡市長選挙や今年の北九州市長選挙そして一連の自治体選挙で示された自民党政権への批判と民主党への期待を追い風に、岩本勝利で福岡から風を起こそうと団結がんばろうで気勢を上げ終了しました。がんばれ岩本司さん。(写真は決意をのべる岩本参議院議員)

事務所開きが終了した後、私は別会場で民主党福岡市議団代表の江藤市議と懇談、両政令市での首長との関係や政策実現のあり方などについて話し合いました。両政令市市議団ができるだけ早い段階で経験交流を進める必要性についても話が進み、今後両政令市議員団の検討事項に出来るよう努力しようということになりました。

多くの新人も参加して民主議員ネット福岡が総会。

昨日の公判の後、21日午後4時からは県内の民主党公認・推薦議員などでつくる「民主議員ネット福岡」の総会が福岡市で開かれました。私は同事務局長を仰せつかっています。
今回の統一地方自治体選挙では、県議や政令市議などを中心に全国的にも民主党が躍進しました。福岡県でも県議会が9人、福岡市議5人、他市議会で4人計18人の新人議員が誕生しました。民主議員ネット全体では56名を数える組織となり、今日の総会にも多くの新人議員もご参加いただいたので大変活気ある会となりました。
総会では、松本龍民主党県連代表や岩本司参議院議員夫人が激励に駆けつけてくださった他、吉田福岡市長・北橋北九州市長から祝電も届きました。
議長に吉村新県議団長を選出して進行、約1年半の活動報告と新年度の活動方針、予算や新役員などを議決しました。
代表には引き続き江藤博美福岡市議、新副代表に川崎俊丸県議、事務局長は世良が留任しました。
新しい大きな所帯となった民主議員ネット。地方議員がマニフェストをはじめとする政策活動を続けて、首長とともに勝利すればそれを実行できるという実例を福岡市長選挙や北九州市長選挙をつうじて私たちは目にすることが出来るようになりました。福岡県民市民の皆様のためにこそ、民主議員ネットを中心にした政策の研鑽と情報交換をますます活発にしていこうという心意気を新旧の仲間の議員同士で確認しあいました。
写真は総会の模様です。

清田前市議に有罪判決、でも…。

器物損壊・威力業務妨害に問われて裁判を続けてきた清田眞前市議にたいする判決公判が開かれ、福岡地裁小倉支部田口裁判長は清田被告に対し「現職の市議でありながら、嫌がらせを指示し暴力団関係者を使って実行させた悪質な犯行だ。」として「懲役2年8月、執行猶予5年」の判決を下しました。被告人側は控訴せずの方針とみられ、刑は確定することになりそうです。
「清田はテニスコートへの工事妨害などを指示したことはなく、スポーツ施設会社営業所長に同調したにすぎない」との弁護側の主張に対し、裁判長は「被告が犯行を指示したことは、関係者の証言で符合しており信用できる。」と検察側証人の供述のみを信用して判決を下しました。
公判をずっと傍聴してきた私は「利権の消失をおそれて事件を指示した清田こそが首謀者だ」という今回の裁判所の認定は、予想されたこととはいえやっぱり少々乱暴だと思わないわけにはいきません。
もし検察側証人の供述証拠だけで、被告が密室でしゃべっただろうことを「指示」だとして、議会開会中にいきなり議員を逮捕し有罪に持ち込めるのなら、利害関係者の讒言がありさえすれば誰だって議員を陥れることが出来るということにならないでしょうか。
もちろん清田被告が、談合の実態を知りながら業者との癒着して多額の金品を受領したことや、ある別のトラブルを暴力団を使って解決しようとした事などは市議の職責に反し市民を裏切るもので、断じて許されることではありません。
しかし、今回の事件で清田被告が懲役と議員辞職に値する有罪だとするなら、単に嫌がらせを「口頭で指示した」(かもしれない)というだけではなく、談合の実態と金品の授受や暴力団とのつながりにおいても清田被告の違法行為を解明立証して起訴した上で量刑し有罪とすべきだったのでないでしょうか。
裁判は、これだけの罪を犯せばこれだけの量刑となるという罪刑法定主義が大原則です。でなければ市民社会において法的安定性は保てません。
誤解がないように繰り返しますが、業界との癒着状態に陥り金銭感覚が麻痺していた清田被告の責任は免れません。しかし、業界ぐるみの談合体質とセットだというのならば、そこで行われていた談合構造を解明し清田被告の違法行為を立証して起訴すべきだったし、暴力団との関係も同様に違法性を立証すべきだったのに、検察も裁判所も結局は「世論が認める有罪ストーリー」を描いてみせただけで今回の公判を終わらせてしまったのではないかという気がしてしまうのです。
これから裁判員制度がはじまります。国民の誰もが人を裁く場に置かれる可能性があります。範を示すべき裁判所が大衆迎合に走ってしまったとしたら、どうして国民が信頼される裁判を行えると言うのでしょうか。
許されざる同僚議員の行為と警察の捜査、裁判のあり方など、色々な意味で心傷む事件でした。

ゴルフ表彰式は異業種交流会?

5月16日に、毎年恒例となりましたせらちゃん倶楽部ゴルフコンペを開いてくださいました。今年は記念すべき第10回目の大会ということで「表彰式は別にしようや」と今日の夕方からとなったものです。
いつもは市議会の都合で、6月終わりか7月に行うので梅雨の真っ最中。「お前のとこはいつも雨やなあ」と言われながらも、実はいつも無事に実施できるのが不思議です。
今回は5月ということで心配していなかったのが、直前に雨の予報でびっくり。でも最後の組がパラパラと少し降られただけ大丈夫でした。やっぱりね!
最近のゴルフ場でお酒も厳禁、表彰式もお待たせしてお互いがゆっくりお話しできる状態でもありませんので「今日ばかりは異業種交流のつもりで、楽しく懇談をしていただきますように」とご挨拶でお願いしました。
このコンペは、珍しいハンディ上限なし。60を超えるハンディが付く方もいらっしゃいます。(私も当然、沢山いただく方です!) それでも1位になる方は、関係がないようですね。唯一のグロス70台、優勝はわがNTT労組九州総支部の山城委員長でした。
お忙しい中、コンペにも表彰式にもご参加いただきました皆様、大変ありがとうございました。それにしても相変わらず一向に腕の上がらない私のゴルフではありました。

バッジを付けた原田博史県議

4月の福岡県議会議員選挙で小倉北区から見事初当選を果たした原田博史県議会議員の選挙報告会が開かれましたので伺いました。
同県議の任期は4月30日から始まっておりますので、原田県議は胸に真新しい議員バッジを付けて、参加者の拍手のなかで挨拶に立ちました。「まだ、ちょっと照れくさい感じがしますが、この議席は皆さんに与えていただいたことを決して忘れずにがんばります!」
県議誕生を喜び合う乾杯の後は、苦戦を予想した選挙戦の取り組みや選挙中のエピソードなど話に花が咲きました。
会の最後にご挨拶した私は「今日の会はお開きですが、これが終わりではなくまさに始まりです。原田県議が当選して良かったと実感できるように、今後ともおつきあい下さいますように」と会場の皆様にお願いしました。
原田博史県議の所属常任委員会は、教育・文化スポーツを所管する文教委員会になったそうです。6月からのはじめての県議会で早速、質問に立つことになるそうです。市議会が終わっていたら、県議会に傍聴に言ってみようかなあ。

2年の指定管理は適切か?子ども未来館見学

続いて3日目は富山県立「こどもみらい館」を訪れました。こどもたちの健全育成のため「良好な遊び場と機会を提供する」との目的で作られた施設です。
置県百年を記念して設けられた面積118ヘクタールにも及ぶ広大な県民公園の一角に設けられていました。
開館は平成4年、バブル崩壊の頃ですが事業費約24億3千万円、年間運営費は約1億4千万円。利用料は無料でした。毎年20万人以上の子どもや保護者の利用があり、リピーターも多いと言うことでした。「少子化の中では、安定した利用と言って良いのでは内でしょうか」と館長さん。
私たちの見学中も、幼稚園の遠足で公園に来られた子どもたちや保護者が館内でお弁当を食べたり、思い思いに遊んだりされていました。
現在は、これまで公園管理を行ってきた外郭団体の富山県民福祉公園が指定管理の指定を受け事業を受託しているそうです。指定管理期間は2年、開館以来ずっと事実上のリーダーとして運営に当たってきた館長補佐さんが「来年には私もどうなるかわかりません。人材を育てようにも2年では難しいですね」とおっしゃっていたのが印象的でした。
子どもたちを遊ばせながら施設を運営するノウハウはそう簡単に蓄積できるものではありません。経験を積みながら、計画的な人材育成をすすめるべき子どもの施設が、わずか2年間の指定管理というのは問題ですね。この問題は、大なり小なり北九州市でも問題を生じており、指定管理そのものの再検討も改めて必要だと感じました

電子カルテ導入の効用は?

視察2日目は、富山市のお隣、黒部市の市民病院を訪れました。黒部市は人口4万人あまりの小さな町。その市民病院というので小さな病院だと思ったら、ところがどうして、わが市立八幡病院に匹敵する405床、年間患者数は入院・外来のべ39万人、病床利用率はわが市立病院群より10%も高い91.8%(19年度4月現在)という大きな総合病院でした。富山県東部地域の中心的病院なのですね。
北九州の市立病院群に導入しようとしている「電子カルテ」の実例を勉強しようと訪れた我々を、新居院長先生や中陣看護部長、松井事務局長さん以下、幹部がずらっとそろって説明をしてくださいました。
電子カルテの導入効果については、最初のご説明では「導入費用は約9億6千万円、これにランニングコストが年間8千万円以上かかるものの、診察にかかる時間の短縮・二重投薬などミスが少なくなった・各種書類の発行が容易になった・地域診療の連携が強化された・材料費等が削減されたなどの効果があった」とその導入効果を強調されました。
ところが懇談の中では次第に本音が出されてきて「財政的効果を望むとすれば、あまり期待しない方が良い」とのお話や、医師の入力による煩雑さが負担となっていることなどの実態が率直に示されました。一方、看護部長さんからは「医師のカルテ入力がリアルタイムで、しかも日本語で患者さんにも目の前でわかるように行われることなど電子カルテ導入は大変意義あることだと私たちは思っています。」とのお話もいただきました。
つまるところ、電子カルテ導入は「財政効果への過剰な期待はできないけれど、患者さんとの診療情報の共有や地域での活用、安全性の向上といった面では十分に導入を検討する価値があるようだ」というのが私の感想です。
そのほか、同病院は富山大学医学部との連携のほか、アメリカの先端医療研修派遣制度などが効果を発揮しており「医師不足は感じていない」というのは大変興味深い点でした。頭の痛い医師の確保策についても、まだまだ検討の余地がありそうです。

元気な女性たちと富山型デイサービス

この時期、市議会常任委員会の行政視察がはいります。私たち保健病院常任委員会も今日から富山市へ。まず障害児者や認知症の高齢者、幼児まで種別を超えてデイサービスを提供して大きな反響を呼んでいる「富山型デイサービス」の現場を視察しました。 看護師さんらが設立した「デイケアハウスこのゆびとーまれ」が第一号、有名ですね。その後「富山型デイサービス推進特区」認定を受け、現在では市内で34カ所の富山型デイケアハウスが誕生、デイサービスは年間のべ8,700回余りの利用がなされているとのことでした。
先に説明を受けた富山市担当者のお話では富山型デイサービスのメリットとして「利用できる施設が増えて選択の幅が広がること」「施設の有効活用をはかることが出来る」というものの、種別を超えたサービスの提供については「互いに良い影響を受ける可能性がある」という範囲にとどまったのが気になりました。
確かに、障害者にとっては遠い郊外にある施設のデイに通うよりも、近くの高齢施設のデイに通うほうが便利であり、利用の幅は広がります。実態としては、高齢のデイに障害者や児童の一部利用がのっかているというのが近いのではないかという気がしました。
しかし、その後うかがったNPO法人にぎやかの運営する富山型デイサービスの心意気は違いました。
応対をしてくださった同法人の阪井代表はとても元気な若いお母さんという感じで「富山型デイのデメリットは?」との我々の質問には「ではどういうデメリットがあると思われる?私たちにはわからんのがや。」「ここは住宅街の中にあり、近所の方の中には色々と言われる方もあるけど、結局、自分が迫られんとわからのや」と一向に気にする様子はありません。他のスタッフの皆さんも、阪井さん同様元気な女性たちでしたが、この気っ風とさわやかさこそが富山型デイの原動力なのではないかという気がしました。
パンフには「死ぬまで面倒みます ありのままを受け入れます いいかげんですんません」とありました。「親子じゃないけど家族です」を実践しながら、種別を超え、かつての大家族のような自然な姿にこそ本来の生活(デイサービス)があるという強い信念には敬服しました。しかも、この施設、見事に黒字を達成、税金も払っているのです。これはスゴイ!
ただ私は、富山型デイの実践は、まだ十分に検証可能な段階には至っていない気がします。現在は高齢者の利用に比べて障害者や児童の利用はまだわずかでしかありません。一体どのような構成が適切なのか、障害の程度に応じた適切なケアは確保できるのか、幼児が長期間にわたってサービスを受けるとき保育園や幼稚園などの保育とどう関連づけられるのか、などなど、これから検証していかなければならない事も多いと感じました。
とはいえ、めざすべき本来のサービスを実践するためには、従来の壁をぶちこわして実現してしまう「富山型デイ」のエネルギーには今後も大いに着目していく必要がありそうです。
 写真は「にぎやか」での様子。

還暦の憲法 リアルな議論を

日本国憲法が施行されて60年、人間で言えば還暦を迎えました。安倍首相は政権在任中に憲法を改正したいとしていますし、ここ数年、「改正」「護憲」両側からの数多くの議論がなされています。
私は、憲法そのものを未来永劫変えてはならないと思っている訳ではありません。環境権や知る権利など時代にあった新しい理念を憲法に盛り込むことも重要であると思うからです。
しかし、改正論議の焦点は一般的な意味で憲法改正是か非かという点ではなくて、詰まるところは9条に象徴される平和理念の問題であり、具体的には日本が軍隊を持ち、自衛や国際貢献の名の下に軍事力の行使つまり戦闘を行うことを可能とするのかと言う点に他なりません。
この点については国民の間で議論が深まっているとは私は思っておりません。もっと時間をかけて、リアルに議論するべきだし、政府や国会議員はそのための情報を国民に提供するべきだと思っています。憲法を改正するかどうかは、それから決めれば良いと思います。
そもそも日本が外国の脅威にさらされているとすれば、それはどんな脅威なのか、戦闘や交戦の可能性があるとすればそれに軍事的な面も含めてどう対応するのか、かかる費用はどうやってまかなうのか、情報は正しく収集され活用される体制があるのか、軍事的暴走を許さない政治的体制(と政治家の覚悟)はあるのか、そんなことはほとんど国民的論議になっていないのですね。一部の人々が「日本人は平和ぼけ」などと非難しますが、政治の場でそんな議論をしてきていない結果なのです。
保阪正康氏はその著書のなかで「日本人全体が歴史としての『戦争』に対してあまりに無知となるに到った」とし「あの戦争は何を意味して、どうして負けたのか、どういう構造の中でどういうことが起こったのか」を明確にしなければならないと訴えられています。そのとおりだと思います。
民主党でもある幹部が石油権益を巡って中国海軍との戦闘もあり得るかのような発言をして、驚いた事がありますが、どれほどの覚悟を持って発言したのでしょう。政治家が、軍事力をコントロールできる覚悟と力をもたないまま戦闘を許可する事がどんな結果を招くかは、過去の日本の失敗をみれば明らかですね。5.15事件や2.26事件以降、軍部の暴力によって政党・政治家は黙らされ、国民とともに破滅への同行者となってしまった昭和の歴史をしっかりとたどり、同じ道を歩くことのないように政治家は自分の胸に手をあててみる必要があるのではないでしょうか。
美しい言葉や勇ましい言葉に踊らされるのではなく(特に国会では)リアルで冷静な議論こそが求められていると思います。

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