「せらちゃんノート: 2012年10月」アーカイブ

会津若松で戦国武将・蒲生氏郷にふれる

NTT労組に所属する自治体議員団の全国幹事総会が福島県会津若松市で開催されました。NTT労組は、今年の主要な会議を、震災被災地復興を支援するとしてすべて東北地方で開催しています。自治体議員団は会津若松市で開催となったという訳です。

九州からの参加にはちょっぴり遠いなと感じながらも、会津若松市は初めての訪問であり、楽しみにしていました。

同市は言わずと知れた「白虎隊自刃の地」。飯盛山だけには行っておかねばと、スケジュールが始まる前に急ぎ足で出かけた後、駆け足で市街地も訪れました。

実は、興味深かったのは、白虎隊よりも、江戸時代の会津の町の繁栄を基礎づけた戦国武将、城主・蒲生氏郷のことでした。

織田信長に才能を評価され、豊臣秀吉のもとでも文武に優れ、町づくりにも力を発揮するキリシタン大名・蒲生氏郷が会津に移ったのは、その実力を秀吉が恐れたからだと言われているそうです。家臣をとても大切にし、酒や木綿、漆器など地域産業を振興させるなど、後の会津藩を天下に知らしめる基礎を築いたのでした。残念ながら40歳の若さで早世したのですが、氏郷が長生きしていたら、様々な面で名をなしていたことでしょう。機会があれば、氏郷のことをもっと知りたいものだと思いました。

(写真は、鶴ヶ城を望む飯盛山・白虎隊自刃の地。)

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第8回櫓山荘子ども俳句大会の表彰式

小倉北区中井浜に、かつて小倉の文化サロンでもあった櫓山荘がありました。そこでは俳人杉田久女と橋本多佳子が出会い、近代女性俳句の源流となったことでも知られています。

平成17年から、俳句づくりを通じて子どもたちにも櫓山荘や杉田久女・橋本多佳子を知ってもらいたいと「櫓山荘子ども俳句大会」が始まりました。

この大会は、今年で8回目。一人1句の条件ですが、今年も小学校21校、中学校17校、特別支援学校2校から3,852名と多数の参加がありました。

その表彰式が櫓山荘公園で行われましたので出かけました。

今年の大賞には思永中学校1年二又寛斗君の作品「夕焼けに父の背中を思い出す」が選ばれました。子どもたちの作品は、年々レベルが上がってきていると感じています。

入賞した作品はどれも良い作品だと思いますが、今年の特別賞で私が好きな作品は、文学館長賞を受賞した「大口の命輝く燕の子」(則松中2年、手嶋真菜実さん)と、橋本多佳子賞を受賞した「風吹けば風に流されみずすまし」(大里柳小6年、水戸菜月さん)。どちらも、子どもらしい観察眼をもち、燕の子やみずすましの動きに感動している心の内が見えるようです。参加した子どもたちから将来すばらしい俳人が出てくるかもしれませんね。(写真は挨拶する実行委員会・石川一歩会長)

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「防災教育とは、生きる力を育むことだ」片田敏孝先生が講演

あの「釜石の奇跡」で知られる片田敏孝群馬大学教授をお招きし、北九州市議会議員を対象にした講演会が行われました。

市議会政策立案支援事業の一環として実施したものですが、片田先生は、いまおそらく日本で最もお忙しい先生のお一人。ぜひ市議会議員を対象にお話をお聞きしたいと半年前から予定をとっていただいて、ようやく講演会が実現しました。

片田先生には、実は市はすでに平成18年ころから防災対策についてのご指導をいただいているほか、現在は、3.11東日本大震災を踏まえた北九州市の地域防災計画見直し検討会の座長としてもお世話になっています。

講演で先生は「今、津波や地震が注目されているが、一定の間隔で起きるもの。軽視すべきではないが、台風などが毎年のリスクにさらされている。近年、尋常ではない降雨や台風の巨大化が指摘されており、北九州では豪雨災害・土砂災害にどう対応するか十分留意する必要がある」と強調されました。

その後、釜石市での防災教育の経緯と実際の子どもたちの行動などについて述べられたうえで「学校教育と地域防災は不可分のもの。防災教育を進めて10年たてば、子どもたちは市民になり、もう10年たてば親になる。その次の世代は親の背中をみて育つので文化として受け継がれる。防災教育とは、逃げるハウツーではなく、生きる力をはぐくむことだ。

北九州市の先生方は、こういう思いで防災教育に頑張り始めている。ぜひ議員の方々が支援していただきたい。私はこれからも北九州市とかかわりが続くと思っており、今後ともよろしくお願いしたい」と述べられました。

先生の、実際の経験と熱意に裏打ちされたご講演に、参加した議員一同大いに感激得心したところです。

防災教育の推進については、さきの議会で私たちも取り上げてきており、今後、具体的に検証しながら、効果的な取り組みとなるよう努力していくつもりです。

(写真は、講演される片田先生)

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B-1グランプリin北九州に過去最多61万人来場!

秋まっさかりということで、休日には地域でも工夫を凝らした秋のお祭りなどが続いています。昨日は、井掘校区の「ぐみの里井掘まつり」が開かれ、ご案内をいただきましたので伺いました。(写真は、板櫃中学校吹奏楽部によるお祭りのオープニング演奏のようす。)

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またこれら地域行事の合間に、北九州市で初めて開催されているB-1グランプリの会場を覗いてきました。さすがに、すごい人でした。

昨日から今日の各メディアでも、ずいぶん取り上げられていました。ありがたいことでした。

2日間の来場者は過去最多の61万人だそうです。グランプリは、八戸せんべい汁研究所。九州勢は初出場の田川ホルモン喰楽歩を含めて10位以内に2団体入って大健闘。今後が益々楽しみになりました。

震災がれき反対派が放射能被害をあげつらう中で、風評被害なんのその!ご当地グルメを楽しむイベントに61万人という過去最多の来場に、心から感謝申し上げる次第です。事故もなく無事に終了したこともふくめ、ご来場者そして実行委員会・関係者の皆さんも本当にありがとうございました。

来年は、豊川稲荷で有名な愛知県豊川市での開催だそうです。(写真は、会場の模様。そして、豊川市をもりあげ隊のキツネキャラ。稲荷ずし、私もおいしくいただきました。)

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「杉田久女を語るページ」がスタート!B-1グランプリも

北九州市小倉が生んだ天才女性俳人・杉田久女の顕彰活動を続けている「久女・多佳子の会」(柿本和夫会長)が準備してきたホームページ「杉田久女を語るページ」が、今日からスタートしました。アドレスはhttp://www.hisajo.jp/ です。まずは開いてみてください。

 ホームでは、久女さんのお顔と季節の句を紹介しています。今は秋の句を三句ずつ。実はクリックするごとにその句が変わります。季節ごとに、会員が選句してご紹介する予定です。

 お知らせのほか、目玉は「久女散歩」。会作成のマップから、それぞれのゆかりの地をご案内しています。所在地をクリックするとグーグルの地図まで出てきます。ぜひお散歩にお出かけください。

 お便りやメッセージの欄は、全国からお便りやメッセージをお受けして掲載する予定です。久女関連資料や行事案内、久女多佳子の会の活動報告なども。

 

没後66年、いまなお全国的なファンを持つ杉田久女ですが、久女・多佳子の会では久女忌や櫓山子ども俳句大会など、ゆかりの行事や久女顕彰に関する出来事などを市内外の皆さんにお伝えする十分な手段を持っていませんでした。

そこで久女その人についての発信を始め、多くの皆さんが気軽に交流できる内容のホームページを開設しようではないかということになり準備が続けられてきました。

市立文学館で昨年「杉田久女展」が開催されたことや、これに合わせたマップ作製などを会が準備してきたことなども好材料となって、一気に完成することになりました。

まだまだ十分なものではありませんが、会では「小さく産んで大きく育てるのだ」と張り切っております。どうぞ末永くご愛顧のほどお願い申し上げます。

 

 ところで話は変わりますが、今日から北九州市小倉の中心部でB級ご当地グルメの祭典「B―1グランプリ」がはじまりました。7回目の今年は、政令市でははじめての開催で、2日間で50万人もの人出が見込まれています。

 このところ本市では、暴力団の事件や、震災がれき受け入れに伴ういわれなき風評被害が心配されただけに、全国から多数の皆さんがご来場いただき、ご当地グルメを楽しんでいただけるのは大変嬉しいことです。都心部の混雑や渋滞などあろうかと思いますが、事故等にはお気をつけて、大いにお楽しみいただきたいものです。

副鼻腔炎を発症?

ここ数日以来、風邪が抜けず鼻声で、咳も出っぱなしなので、やむなくかかりつけの内科を受診しました。

問診後、先生が「念のため血液をしらべておきましょう」と検査していただくと「これ結構、強い炎症を起こしていますよ」とのこと。私も、昔かかっていた副鼻腔炎(蓄膿症)の症状と似ている気がしていました。結局、どうも副鼻腔炎の疑いが濃いということになりました。

先生が「抗生物質を出しておきましょう。一回で持続するのがあります」というので、初めて「ジスロマックSR」という薬を飲みました。60ミリのボトルに水を入れて溶かし、その場で飲み干します。これで数日間効果が持続するのだそうです。

ただ「下痢などの副作用が少しあります。」と言われていたのが気になりました。説明書きでは「下痢・吐き気・腰痛などの副作用がでる場合がありますが、これらの症状は短期間で治まることがほとんどです」と書いてありました。

それからしばらくして、下痢はありませんでしたが、腹痛のような腰痛のような結構ズーンと差し込むような痛みが始まり、しばらく続きました。「ははーん、これが副作用か」と思いましたが、これも数時間後にはほぼなくなり、鼻の症状は明らかに快方に向かいました。

この薬、ファイザー社が開発し2009年に日本でも承認された薬で、このようにボトルで一回だけ服用することで、これまでの同じ薬よりも高い効果を生むことができるのだそうです。

かつての副鼻腔炎の時も抗生物質をしばらく飲んで治りましたので、今回もこれで治まるのだろうと思っています。

丸谷才一さん逝く

作家の丸谷才一さんが10月13日早朝に亡くなったことが報じられています。

残念でなりません。

もともと東大英文学科を卒業され、欧州文学に精通しつつ、同時に日本古典文学や国語への造詣も深い方で、洋の東西あらゆることに興味を持ち、鋭い批評では多くの文学賞を受賞、書評と言うジャンルを日本で確立した業績も高く評価されています。随筆を書けば、ユーモアにあふれ「うまい!」とうならせる芸を見せる。本当の教養人とはこういう人のことを言うのだと思います。

私は丸谷さんを勝手に尊敬し敬服し、この人のような力を身につけられたらどんなに素晴らしいだろうと思いつつ、同時にとても及びもつかないことを痛感しながら、氏の作品に魅せられてきました。

氏からは、自由な視点あるいは自分の個性に基づいて物事を解釈することの意義や楽しさを教えてもらった気がします。

たとえば「忠臣蔵とは何か」(1984年刊)では、討ち入りという事件が、御霊信仰という江戸時代の精神世界の影響によって発生した霊しずめ儀式なのだと絵解きする。おそらく史実としては違うのではないかと思いつつ、カーニバルとしての忠臣蔵の人気や永遠性などを解明した評論家の力には敬服するしかありませんでした。歴史的事件と続く物語を、こんなに自由な考え方をして解釈して良いのかと、忘れられない大事な作品となって、同書は今も私の本棚にあります。

驚きは丸谷さんが高齢になっても、若い人にも新鮮で面白いと感じられる作品を生むことができる力でしょう。女性新聞記者を主人公にした「女ざかり」という作品は、氏が68歳時の刊行のはずですが、当時の現役サラリーマンなどに大変受けてベストセラーになり、吉永小百合の主演で映画化までされました。

氏の作品は、ジョイスをはじめとする英文学論など難しくてついていけないものもありますが、一般向けの作品はウイットに富み楽しいものばかり。「どうだうまいだろ!」と笑みを浮かべる丸谷さんの顔が見えるようです。まさに文士というべき方だった。

これほどの力量のある文士は、日本ではもはや田辺聖子さんなど、ほんの数人しか残っていないのではないかと私は思います。その田辺さんも、近年はご病気だとお聞きしています。さびしい限りではあります。丸谷さんの後を継ぐ文士は、登場してくれるのでしょうか。

丸谷才一さんのご冥福を心からお祈りしたいと思います。

「校庭の芝生化で子どもたちの様子が変わります」

 昨年度から保育園・幼稚園の園庭芝生化モデル事業が北九州市で進められ、今年度からは小学校の校庭芝生化のモデル事業も1校で始まっています。

神戸市や大阪市で10年以上校庭・園庭芝生化事業を支援しているNPO法人「芝生スピリット」の副代表・種外史昭氏を講師にお招きした「みどりのじゅうたんシンポジウム」が八幡東区の環境ミュージアムで開かれましたので出かけました。

シンポでは、種さんが「校園庭の芝生化の実践事例」について報告。

まず最初は「芝生と言うけれど、プロサッカー場のような完璧な芝生は必要なく、いわば60点の芝生、きれいな原っぱをイメージすること。また芝生は生きており、生き物を育てる意識が大事だ」と述べられました。

そして、これまでの経験から言えることは「芝生化が持続している小学校は、学校と地域がいい関係を築いている」「芝生化の持続は地域力を判断する基準の一つになる」「子どもの様子が明らかに変わってくる」ことだと強調されました。

 特に子どもたちへの影響では、感覚的なものだけではなく、同志社大学や大阪府立大学の調査で、芝生化で子どもたちのストレス反応が減少することや、土のグラウンド時に比べて芝生では体を使った遊びが多様化することなどが、学術的な調査でも明らかになってきたことも報告されました。

 また、芝生は傷んでも修復できるし、逆に傷んだ時に修復しやすいよう方法で芝生化することが大事だということや、そのためまず3年間で芝生が傷んで修復できることを経験することで自信をもって維持できるようになることなど、

さすがに長年の経験を蓄積されているNPOらしいお話をいただき大いに参考になりました。

 私も種さんたちの活動を、今度はぜひ現地で見学したいものだと思いました。特に、養生期間が確保しづらく子どもたちも多い保育園での芝生化は成功しにくいと考えていますが、種さんらは大阪市の保育園園庭の芝生化も進めてこられており、いずれその経験を視察したいと思います。

シンポ参加者は、この後、小学校芝生化の現地で見学を行いました。写真は報告される種さん。

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葉室麟さんのトークライブ

『蜩ノ記』で第146回直木賞を受賞された作家・葉室麟さんのトークライブが行われました。

葉室さんは、北九州市のご出身なので、いずれ北九州市においでになることがあるだろうと思っていました。ご案内をいただき、ちょうど時間がとれたので覗かせていただきました。(僭越ながら、葉室さんのご本は、本ホームページでも「ご本ですよ」のコーナーで「秋月記」をご紹介させていただいています。) 

お話では、小学校5年生まで小倉で育ち、当時の小倉が福岡市などとずいぶん違っていたこと。その時代が自分の原風景のようなものであり、また大学生の時は俳句を勉強し、それが穴井太さんの主宰する戸畑の天藾通信であったこと。またそこで紹介されて運命の出会いとなった上野英信さんを訪ねたことなど、自分の作家としての人生の要素が北九州市と大きく関わりあっているのだと感じると語っておられました。

また「歴史を小説で楽しむことができるようになったのは、実は戦後のことで、海音寺潮五郎さんころからのこと。それまでは歴史を語ることができなかった。」というご指摘は興味深い点でした。

氏は50歳になった時、自分の残り時間を、あと10年、20年あるだろうかと考え、歴史時代小説を書き始めたそうです。

書き続けるうちに「時間は長くなりはしないが豊穣にはなっていく。受賞作の主人公も命の時間を10年と区切られている。しかしそれでも生の深まりは得られるのではないかと思い物語を紡いだ」と、振り返っておられます。 

氏の作品はどれも誠実・静謐で気負いがありません。直木賞の審査にあたった伊集院静氏も「若い作家ではこうはいかない。葉室氏の作品を読んでいると静かな水のほとりに立っているような錯覚にとらわれる時がある。」と評しています。年をとるのも、それなりに悪くない!

実は、葉室さんとはどうやら高校の同学年。同じ時に同じ学校にいたのです。しかし残念ながら、本名を聞いても思い浮かびません。今日は時間もなかったため、個人的にお話できませんでしたが、いずれまた機会があれば高校時代にどのようにお過ごしだったのかなどお聞きしてみたいものです。

このトークライブは、北九州市立文学館開館6周年記念事業として行われました。話題の直木賞作家登場とあって、さすがに会場は満員でした。聞き手は今川英子文学館館長でした。(写真は、トークライブの模様ですが、室内のため少々見にくいですね。ごめんなさい。)

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今日は国連の第一回「国際女の子デー」

ちょっと聞きなれないキャンペーンデーですが、今日は国連が定めた国際ガールズ・デーなのです。

イギリスのNGO「プラン」が取り組んできた「Because I am a Girl」キャンペーンの一環として国連に制定を働きかけてきたもので今年が第一回の国際ガールズ・デーとなりました。

プラン・ジャパンでは「世界では、女の子であることに加え、年齢が低いことも家庭や社会で軽視される要因となります。将来の稼ぎ手として期待できない女の子は、家計への負担などから、学校へ行くことも許されず、早くに結婚させられたり、働かされたりと差別を受け、自分の人生が自由に選択できることすら知りません。世界が女の子の権利に注目し、賛同し、国連で毎年10月11日を「国際ガールズ・デー」とすることが定められました。

プランは、これまでBecause I am a Girl キャンペーンの一環として、国際ガールズ・デーの制定を国連に働きかけてきました。

国際ガールズ・デーの制定は、社会的に軽視、差別され、時に危険な目にあってきた女の子たちが、潜在能力を発揮できる社会を作っていくための第一歩です。女の子一人ひとりが持つ可能性や能力を社会で存分に生かしていくために、国際ガールズ・デーは大きな役割を担っています。」(プラン・ジャパンホームページhttp://www.plan-japan.org/girl/ より)としています。

どうしても関心が内向きになりがちな私たち日本人ですが、アフリカやアジア途上国の人権状況、とりわけ子どもや女性・女の子などの置かれた状況など、より幅広い関心を持っていく必要があるのだと感じています。

わが電気通信レトロ館・谷口館長登場!

門司港の電信電話の博物館「門司電気通信レトロ館」が、10月23日にKBCテレビ「アサデス」で生中継されることになりました。

わが谷口望館長がテレビに登場いたします。(館長は、NTT労組時代からの私の友人なのです。)

同館はかつて日本電信電話公社の門司局舎でした。大正ロマンあふれる建物の中に、今では見られなくなった珍しい電話機などが展示されており、電気通信の歴史を勉強することもできます。

http://www.ntt-west.co.jp/kitaQ/moji/index.html

テレビをご覧になって、ちょっといかつい? 谷口館長に会いに出かけられるのも良いのではないでしょうか。7時18分からと早朝ですのでお見逃しなく! 

10月23日(火)KBC「アサデス」

出演  : 館長/ 谷口 望 さん

リポーター: 石井裕二 & 平田たかこ

中継   ★アイキャッチ(8秒)  7:18ごろ~

★中継本番(10分 ) 7:20ごろ~

スポーツの秋!運動会たけなわ

 体育の日を前に、わが三郎丸校区の体育祭が行われました。この季節、大変さわやかなのですが、関係者にとっては天候も心配になります。この点、三郎丸校区では昨年からメディアドームをお借りしての体育祭となり、心配はなくなりました。

 とはいえ天候は良いほうがいいに決まっています。この日は大変さわやかな秋晴れとなり、会場には多くの校区住民の皆さんがおいでになり、それぞれにスポーツを楽しみました。

 私はといえば、例年のとおり町内の皆さんと「第7ブロック」赤の旗の下、楽しく一日をすごさせていただきました。

 この日、リレーなどうしても力が入る場面で、足がつったり故障発生の様子も見られました。軽傷であれば幸いですが、どうか皆様も運動をなさる時は、体調に十分気をつけてけがなどないようにご注意くださいね。

 皆様お疲れ様でした。写真は体育祭のもよう。

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せら俊明市政レポート2012年秋号を発行

 「せら俊明市政レポート2012年秋号」をこのほど発行いたしました。

レポートはいつもの通りA4判4面単色刷りです。

内容では、震災がれき本格処理の現状と経過をはじめ、23年度決算や24年度補正予算の内容、市場火災防止対策や旦過市場再開発問題、保育士配置改善の効果、小学校校庭芝生化事業などについてご報告しています。

 文責はすべて世良俊明にございます。ご一読いただき、ご意見ご感想など賜れば誠に幸いです。

 以下、PDFをご参照くださいませ。

serareport2012.10.pdf

水巻町水道事業を北九州市へ統合 - 記念式典開く

 北九州市のお隣の水巻町では、北九州市からの分水を受けて町独自の水道事業を続けてこられましたが、設備の老朽化などが進んでいるほか、コスト面でも厳しく、水道料金は北九州市よりも割高となるなどの課題を抱えていました。

 そこで、広域化を進める厚生労働省の方針などもあり、北九州市に水道事業を統合することとして準備が進められてきました。

 平成24年10月1日をもって事業統合が実現する運びとなり、これを記念する式典が水巻町で行われましたので参加しました。

 式典では、北橋市長が「北九州の水は良質なことで定評があります。また渇水時にも耐えられる設備を北九州市は有しています。水巻町の皆さんに安全で安定した水の提供を行うことをお約束します。」と挨拶しました。

 また水巻町長さんも「懸案の事業統合がようやく実現した。直ちに水道料金が下がるわけではないが、しばらくお待ちいただきたい。」と参加された町民の皆さんに呼びかけました。

 式典では、保育園の子どもたちが「北橋市長さん、どうぞよろしくお願いします」とそろってお辞儀。市長は、子どもたちに笑顔のハイタッチで応えていました。

 水巻町の水道事業の統合は、水巻町の水道資産を北九州市に無償譲渡した上で、企業債残高の引き継ぎ、老朽設備の更新などと合わせたものから、広域処理に対する国の補助金を除いた分を水巻町の水道料金を据え置いて回収、平成26年度中には北九州市の料金に平準化するというもの。

 水巻町の皆さんには安い料金の水道が提供でき、北九州市にとっては供給水量の増加で給水収益が増加するなど双方にメリットがあるため、実現に準備を進めていました。

 (写真は、子どもたちの要請にハイタッチで応える北橋市長。左は近藤水巻町長。テープカットのもよう。)

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北九州市決算認定など9月定例会が閉会

   9月5日から開かれていた北九州市議会9月定例会が閉会しました。

 北橋市政2期目の最初の一年である平成23年度決算を認定したほか、本会処理を開始した震災がれき受け入れ処理問題をはじめ、市民生活の関わる多くの論議を交わしました。

 この模様は、近く発行予定の「世良俊明市政レポート2012年秋号」にてご報告いたしますので、ご一読いただければ幸いです。

 また今市議会には、4万7千名を超える直接請求署名により、議員定数を11名削減せよという条例案が提出されていましたが、提案者一人以外は賛成者がなく1対59で否決されました。私も反対しました。

 議員定数問題については、別にご報告申し上げるつもりですが、私たちの基本的考えは 人口減が続くなど市の現状を考慮すれば「①議員定数は削減すべきである」こと。しかし、それは市の歴史や特性など多様な視点から市議会での主体的検討を経て合意を得るべきであり「②速やかに議会での検討協議会を設置して、合意できるものから実現」することを求めるというものです。

 そのため、私たちの会派「ハートフル北九州」は、すでに佐々木議長に対してこれら議会改革の課題を整理し各会派で論議をできる協議会設置を申し入れていました。他の会派も、同様の申し入れを行ってきたことから、佐々木議長は、主要4会派2名ずつで構成する「議会改革協議会」の設置を表明。10月15日から協議が開始されることとなっています。

 直接請求者は、自ら議員でありながら「議会で合意ができない」(本会議での趣旨説明)から直接請求としたと言い、他の政令市と比較して機械的に「11名削減せよ」という条例案に賛成か否かを迫るというのですが、これでは議論の余地がありません。

4万7千名を超える直接請求署名については、私も重く受け止めるものですが、直接請求者のように議員定数削減を市の財政効率化に貢献することのみを目的とするのは、やはり本末転倒というべきでしょう。市議会は、多様な意見を反映し地域民主主義を実現する機能を最も重視すべきで、この点から議員が定数の在りかたについて真摯に議論すべきだと考えます。

削減条例案が論議された市議会総務財政常任委員会の論議を踏まえると、直接請求者を除いた全ての議員が同様の見解を持ったと考えられ、その結果が1対59の否決という結果となったものと思います。

 

 北九州市議会では、議員同士の2年間にわたる議論を経て昨年、議会基本条例を制定しました。議会質疑の在り方や、議会報告の改善、政務調査費のマニュアル作成による1円以上の領収書公開などなど、自らの論議で多くの議会改革を進めています。

定数や議員報酬などのその他多くの課題についても、多少の時間はかかっても真摯な議論による合意は形成できるものと私は考えています。まずは、設置された議会改革協議会での議論の行方をご注目いただければと思います。

 

 

小倉の屋台復活!小倉十三区オープン

小倉都心部に屋台が復活しました。場所は、コレットのそば、米町公園のすぐ隣の一角で、焼鳥屋さんや串揚げ屋さん、関門タコ専門バル、小倉名物とんちゃんのお店など13店舗。どこも地産地消、地元食材を気軽に味わうことができるお店ばかりです。

北九州小倉都心部ににぎわいを作り出そうと検討してきたにぎわいづくり懇話会のアイデアを、小倉出身の投資会社社長などを中心に実現したもので、10月1日から営業を開始しました。この日は夕方から米町公園でオープニングセレモニー。北橋市長も参加してテープカット後、みんなで屋台街の中へ入って乾杯しました。

小倉の屋台は、かつて銀天街の中にあったのが、様々なことがあり旦過市場前の広場に移動。酒類は出さないことや、おはぎが常時用意されていることなどが特徴でしたが、次第にその数が減ってきていました。

「十三区の屋台街の登場で、かつての屋台の味わいを復活させ、都心部のにぎわいづくりに一役買いたい」実現した関係者の意気込みが伝わりました。

皆様もちょっと一杯。ぜひお出かけください。 

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