「せらちゃんノート: 2015年8月」アーカイブ

さらに災害に備えよう

北九州市を直撃した台風15号。交通機関の乱れなども予想されたため、8月25日から予定していた大分方面への私たち会派の視察も中止となりました。

24日夜半から、結構、風雨が強く、25日早朝には、土砂災害警戒情報・記録的短時間大雨情報が出されたほか、避難準備情報や避難勧告も出されましたので、発災が心配されました。

しかし、がけ崩れや冠水、車の横転事故などは起きたものの、北九州市災害対策本部によれば、市内では、現在までに重大な人的被害等は発生しておらず、午後には風も治まってきました。

台風が通過した皆様の地域ではいかがだったでしょうか?お見舞い申し上げる次第です。

今回の台風は、土砂災害防止法に基づいて、福岡県が土砂災害警戒区域等の指定を一昨年に北九州市内で行って以来、ほとんど初めての直撃台風であり、減災にむけた住民や市の対応が注目されました。

また、北九州市では、群馬大学の片田敏孝教授に監修いただいた『防災ガイドブック』をこの6月までに全戸配布しており、掲載されている各地区ごとのハザードマップ等に基づいて、想定外の災害でも主体的に命を守る防災行動を呼びかけてきました。

こうした防災・減災の取り組みを、具体的な事例ごとに検証しながら、今後の災害対策に生かすことが重要だと考えています。

まだ目を通されていない皆様は、ぜひ各区版『北九州市防災ガイドブック』をぜひご家族でご覧になって下さいませ。

写真は「小倉北区版」

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第一回子ども読書推進会議ひらく

さる北九州市議会6月定例会で議員立法として提案され満場一致で議決され、7月3日に施行された「北九州市子ども読書活動推進条例」に基づいた第一回子ども読書活動推進会議(会長・山本悦子福岡教育大教授)が、8月17日に開催されました。(同委員の任期は2年)

私たちが期待を込めて市議会で制定した同条例による「子ども読書活動推進」の取り組みが、いよいよ具体的にスタートしました。

推進会議のメンバーも、子どもの読書について豊富な知見をお持ちの有識者から、子どもの本の現場で活躍中の実践家の皆さん、学校や保育園・幼稚園など子どもたちに関わる先生方や関係者の皆さんなど、有能で多彩な方々が選任されているとお見受けしました。現在、公募選考中の市民委員お一人を加えて、大いに御議論いただき、まずは来年度からスタートする次期「北九州市子ども読書プラン」の策定に全力を挙げていただくことになります。

今後、同推進会議は、第二回会議で「次期計画の方向性」について、「子ども図書館機能の検討」を含めて議論した後、第三回会議で「計画素案」「子ども図書館の整備」について検討、12月にパブリックコメントを経て、年明けの第四回会議で「計画最終案」「子ども図書館整備」について確認していくこととなる予定です。

子どもたちにとって楽しく面白い、わくわくするような取り組みがたくさん盛り込まれる計画となってほしいものですし、改めて北九州市の子ども読書のセンターとして小さくても充実した機能を持つ「子ども図書館」が実現できるよう、大いに期待しています。

第一回推進会議には、条例を提案した北九州市議会教育水道常任委員会の奥村直樹委員長も傍聴をしてくれていましたが、議員立法として条例を制定した市議会としても、今後の取り組みをどう責任を持ってフォローしていくのか、検討が必要だと感じていますし、何よりも、子どもと良い本の出会いが大切だと思っておられる多くの市民の皆さんのお知恵と御協力が不可欠だと思っています。

この点について、私たちも様々な工夫と努力を続けて参りますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします!

写真は、子ども図書館整備を想定する北九州市立中央図書館・勝山分館(こどもと母のとしょかん)

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長崎原爆忌70年。慰霊平和祈念式典開く

8月9日は長崎に原爆が投下されて70年。小倉北区勝山公園の慰霊碑の前では、原爆で亡くなった犠牲者を慰霊し、恒久平和を祈る祈念式典が開催されましたので私も出席しました。

式典では、原爆被害者の会・吉田龍也会長と、北橋健治北九州市長などが挨拶した後、原爆投下時刻の午前11時2分には、平和の鐘の鳴る中、全員で黙とうを捧げました。

今年は、大学生による平和の灯の献灯や幼稚園時による千羽鶴の奉納のほかに、北方小学校・思永中学校・北九州市立高校の児童生徒による「北九州市非核平和都市宣言」の唱和も初めて行われました。

その後、参加者はそれぞれ白菊の献花、献水、点鐘を行って式典を終えました。(写真は非核平和都市宣言を唱和する児童生徒と、配布された「北九州市非核平和都市宣言」。)

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良く知られているように長崎原爆の投下第一目標は、西日本有数の兵器工場が存在していた北九州・小倉でした。当日の悪天候によりB29は長崎市に向かい原爆を投下しました。

この事実を踏まえ、北九州市では2010年2月10日、改めて「北九州市非核平和都市宣言」を行うとともに、広島・長崎市が主導する「平和首長会議」にも参加したほか、小中学校に長崎原爆ゆかりの嘉代子桜の植樹を続けるなど、戦争の惨禍と平和への願を風化させない取り組みを続けています。

70年前も長崎市は暑い日だったといわれています。

同じような勝山公園の今日の暑い日差しの中で、私も慰霊碑の前で、原爆犠牲者のご冥福と平和への思いを新たにしました。

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世界で唯一核兵器による惨禍を経験している日本が、今後も世界から核兵器を廃絶させようとする取り組みを強化することは、世界の人々に対する日本の大事な使命でもあると思います。

にもかかわらず、今年4月に国連本部で開催された核拡散防止条約(NPT)再検討会議では、核兵器の非人道性を訴える核兵器禁止文書に対し、アメリカに配慮する日本は、文書に賛同しないという態度を続け、結局、会議は実りなく決裂してしまいました。

40年以上も堅持してきた集団的自衛権の行使はできないとする解釈を強引に覆し、アメリカの尖兵となろうとするかのような安倍政権の態度を見れば、口では核廃絶と言いつつ、その実は全く本気ではないのだと、世界からそう見られても仕方がないのではないでしょうか。

何とも情けない限りではあります。

 

アメリカに追随して核兵器による抑止力を強調し、対立を深めることよりも、例えば中国・北朝鮮を含む「北東アジア非核兵器地帯」の実現によって、緊張緩和と平和への道を切り開く努力をするほうが、戦争被爆国・日本として、本来とるべき道なのではないかと思います。

 

外務省による『日本の軍縮・不拡散外交』という文書に「北東アジア非核兵器地帯構想」の言葉が初めて登場したのは、2011年、民主党政権の時でした。

緊張を生み対立を煽る日本から、平和と友好を創りだす日本へと転換するチャンスでもありました。

残念ながら潰え去った民主党政権の総括と同時に、平和を創りだす水脈を、改めて掘り起こす作業が求められている気がしています。

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