「過去のノート: 2005年11月」アーカイブ

介護サービス給付は増大? 一般質問3日目

今日も一般質問が続きました。気になったのは介護保険についての保健福祉局長の答弁です。
介護保険制度が見直され、たとえば特別養護老人ホームではホテルコストや食費などの徴収がはじまり入所者に大幅な負担増が課せられたほか、新予防給付の開始など軽度の要介護者が従来のサービス給付から遠ざけられるなどの改訂が行われています。これにより、鰻登りに増加してきた介護サービス給付額は減少するか横ばいという状態になるはずだと私も思ってきました。
来年度から介護給付の総額を見通して保険料を算定する第三期(平成18年度から20年度)の介護保険事業が始まるのですが、その算定について問われた保健福祉局長は「サービス料は増加する傾向にあり、計算すると保険料は値上げされる方向」だとの答弁をしたのです。私は、聞いていた議場でのやりとりに「おや、どういう事だ?」と疑問に思いました。
この点は、出来るだけ早く当局の説明を受け、確認したいと思っています。

そのほか、図書館の指定管理者問題、鳥インフルエンザ対策、自衛隊城野分屯地跡地(14ヘクタール。平成20年度までに移転その後売却)問題、商店街支援などが論議されました。
一般質問は今日で終了し、明日は各常任委委員会が開かれます。私は、厚生消防常任委員会に参加し、保育所の指定管理者の選定などの議案について審議します。

防鳥ネット全箇所給付へ ゴミ問題で答弁

今日も本会議の一般質が続きました。家庭ゴミ収集問題も引き続き論議されましたが、この中で当局は、収集制度の見直しにあわせて市内3万カ所にのぼるゴミ収集ステーションの防鳥ネットを希望する全箇所に無料で給付するほか、表示幕などの更新も一挙に進める意向であることを答弁で表明しました。
また、廃プラスチックなど資源化物のリサイクル方法を分かりやすく表示した「分別辞典」のようなマニュアルパンフと、一般ゴミ指定袋(30リットル)10枚と資源化袋5枚の種類別3セット計25枚を制度スタート前の来年6月頃に全世帯へ配布して新方式に「慣れてもらう」ことを検討していること。さらに、鍋やヤカンなどの小物金属類をホームセンターなどで拠点回収する方法を検討していることなども明らかにしました。
これらはいずれも来年の予算編成で具体化されることになりますが、指定袋の見直しと併せて私たち議会側から求めていた内容を当局が具体化する意向を示したものとして注目されます。来年予算議会まで、それら内容について詰めを行っていきたいと思っています。

今日はこのほか、子ども読書活動推進計画の策定について「近く中間報告を示し」(教育長)た上で、年度内に策定を終える意向であること。また、門司港レトロ地区をはじめとした関門景観地区について「このままではマンションなど規制が及ばない面があり、実効ある新たな方法を検討していく」ことが答弁で示されました。
 また「(仮称)産業技術保存継承センター」構想について「北九州の物づくりの伝統を継承し…」などとコンセプトが述べられましたが、正直、「みんな面白いといってやってきてくれるのか知らん?」という気がしました。もう少し検証する必要がありそうです。

ゴミ減量検証する委員会を設置-市議会はじまる

今日から市議会12月定例会。(12月と言うにはちょっと早い開会ですが)今議会の焦点は家庭ゴミ指定袋の値上げ問題に競輪事業の民間委託問題、国民健康保険制度の改訂、委託施設の指定管理者の指定といったところでしょうか。今日はこれら提案議案に対する質疑が行われました。
このうちゴミ袋の値上げ問題では、市長はじめ市当局は答弁で、指定袋の大(45リットル)1枚現行15円を50円に、資源化袋を12円にするとの案を正式に示しました。大1枚60円、資源化袋15円という当初原案を「値段を下げられないかという市民や議会の声を反映して、減量効果の失われない範囲で変更した」(環境局長)ものです。
また、当初は廃プラスチック分別開始を袋の見直しから約1年遅れで実施としていたのを「習熟期間も必要だ」として、袋の値段の改訂と同時実施とすることも表明しました。
さらに制度見直し後、ゴミ減量の効果を検証する市民も参加した委員会を設置すること、具体的データを示した年次レポートを発行する意向であることも表明しました。
袋価格の値下げと併せて我々が求めてきた内容について、市当局からの答弁が具体的になされ始めていると言うことが出来ます。(詳しくは私の市政レポートNO2、NO3をご覧下さい )明日以降の質問にも注目していきましょう。
競輪事業の包括的民間委託問題では、多くの議員から「従事員の雇用確保」についての要望がなされました。当局は「労組と誠実に話あっていく」と述べただけでしたが、350人の雇用について「知らない」ではすまないことは当局も理解しているはずです。
競輪事業が民間委託されたとしても一定数の従事員は必要とされます。出来るだけの雇用確保を要請すると同時に離職する方々への仕事の斡旋も含めて不安のない対応を、私もさらに求めていきたいと思います。
国民健康保険制度については、やはり保険料の値上げが予想される世帯への「経過措置」のありかたについて質疑がなされました。保健福祉局長は「医療費の額など変動要素もあり、具体的な内容は来年度予算で示したい」との答弁にとどまりました。今議会では「市県民税方式から所得比例方式への変更、応能応益割合の変更」を内容とする条例改正にとどまりますが、経過措置を含めさらに検証すべき課題は残ります。今後も関心を持って論議していきたいと思います。
明日も、市議会は本会議。一般質問が6人、午後5時過ぎまで続きます。

 絶好のタイミング! 九州国立博物館へバスハイク

今日は、せらちゃん倶楽部恒例の秋のバスハイク。先月オープンしたばかりの九州国立博物館をメインに出かけました。
同博物館では開館記念特別展「美の国日本」が開催中です。来週までの特別展というので連日多くの人々が来館しているようですので、出来るだけ混雑を避けようとちょっと早かったのですが午前7時30分に小倉を出発しました。
渋滞はなく午前9時頃には現地に到着、開館は9時30分予定なので少々待つのかなあと思ったら、きっと混雑が予想されるためでしょうすぐに入場開始となりました。
その時間でもすでに待っている人がかなりあり、決して少ない訳ではありませんでしたがメインの特別展をはじめ常設展示場もしっかりと見ることが出来ました。
私は、狩野派の国宝「洛中洛外図」や「出雲阿国屏風」「黒田長政の兜」など大変興味深く、また常設展も楽しく見ることが出来ました。
ただ、漢代の金印3つが揃っていると評判になっていたものが、眺めてみると金印は二つだけでした。例の「漢の倭の那の…」金印は展示されていませんでした。借り出しの期限切れで1週間前に福岡市博物館に返却したのだそうです。「なんだ、特別展の間だけでも展示できなかったのかなあ。福岡市だったら市と国でそれぐらい協力できないのかしらん。」と思いました。
楽しく眺めている間にあっという間に2時間がすぎて集合時間となりました。その頃には、来館者の数はどんどん増えて入場制限が始まるという事態になりました。まだまだ入場する人は増えているようでした。待っている人々を尻目に私たちは昼食・入浴のため原鶴温泉に向けて出発。私たちの入館は絶好のタイミングだったようです。
原鶴温泉では昼食と入浴を楽しみました。この行楽シーズンに、この価格で昼食や入浴を受け入れてくれた旅館には感謝していますが、出来れば露天風呂がほしかったなあ。(ぜいたく言ったらいかんよ!と声が聞こえてきそうです。)
帰りは、深まりゆく秋の景色を楽しみながら、途中、小石原を経由して小倉に戻りました。天気も上々。遠くの柿の美の朱もきれいでしたが、明るい日に照らされた銀杏の黄色が見事でした。
小倉にはほぼ定刻の午後5時30分すぎに到着しました。早朝からご参加いただいたみなさん大変お疲れ様でした。
(写真は、博物館入り口付近、入場する人人…)

元気を出して! 民主党県連大会開く

民主党福岡県連の定期大会が福岡市で開かれました。衆議院選挙後はじめての公式な大会ということで、大敗北を喫した後の取り組みをどのようにすすめるのか意志決定をする大事な大会だったと思います。
大会では、県連の代表に福岡1区の松本龍衆議院議員を引き続き選出しました。松本代議士は「本来なら、敗北の責任をとって新体制となるべきだと辞退したが、こんな時なので立て直しをしっかりやれと再任を受けることとなった。しっかりとがんばりたい」と抱負を述べました。
確かに、全体としては意気が上がる大会ではありませんでしたね。来賓祝辞を述べた麻生渡福岡県知事には「皆さん、なんだか元気がないように見えます。地方分権も正念場を迎えている。こんな時だからこそがんばって下さい。」と励まされる始末でした。
わかっているんですけどねえ。でも実はそれほど党員のショックは大きいんです。反転攻勢の時期が必ずくるのは分かってもいるんですが、それにしてもここまでやられるとはねえ。という思いがフッと湧いてくる。
しばらくは地道な活動を展開しつつ、もちろん来る統一地方自治体選挙では必ずその借りを返す。今に見ておれ闘争です。(何だか、前にもこんな思いをしたことが思い出されました。)

 自分らしく生きる!掲げて10年 自立生活センター

障害を持つ当事者が「自己選択・自己決定」を原則に、自立して生きる事の出来る社会をめざす拠点として北九州で活躍してきた「北九州自立生活センター」(林芳江代表)の設立10周年記念イベントが開かれ、ご案内をいただきましたので喜んで出かけました。

イベントでは、同センターに設立当初から参加してきた岩井菜穂美さんが「北九州自立生活センターの活動を振り返って-この10年でトライしたこと」と題する基調報告をされました。
まだスロープバスが走り始めて間もないころ、障害者はダイヤの変更などでバスに乗れないこともあることなどをアピール。「私もお客だ!大作戦」プロジェクトを決行、交通事業者や行政とも積極的な交渉を展開し、今では鉄道・バス事業者とも彼らを無視してはバリアフリー事業を進められない重要な存在となりました。
今日のシンポジウムはバリアフリー社会の実践がテーマでしたが、パネリストにJRの方や道路を担当する行政マンが参加していたのがそのことを証明しているようでしたね。
同センターはまたハードソフト面からバリアフリーを進めるために、障害当事者の声を集めたビデオを作成、市内公民館での啓発事業を展開。アメリカからジュディ・ヒューマンさんを迎えて「日米障害者自立生活セミナー」を開催された時には私も参加させていただき大いに勉強させていただきました。
その後も「ヘルパーステーションあいえる」を開設して、当初から実施してきた障害当事者の自立支援のための相談・プログラム(ピア・カウンセリング)に加えて、自立生活を介護の面から具体的に支援する事業も開始されました。

私は確か同センターが大門に拠点を設けた数年後ぐらいから皆さんとおつきあいさせていただいたかと思いますが、その活動はめざましく、彼らは間違いなくバリアフリー社会草創期の北九州市の福祉界をリードしてきたメンバーだと思います。
活動をお見受けしていて、同センターの皆さんは、とにかくタフなんですね。疲れているはずなのに、忙しい日程を疲れを知らないかのように元気に明るくこなしていくのです。

岩井さんは基調報告を終える際「私がこうしてあるのもこのセンターがあったから。自分らしい生き方をしようとがんばってきたセンターも10歳のお誕生日を迎えました。自立支援法も通ってしまったけれど、私たちが生きたいと思う生き方をめざしてセンターはこれからもがんばりたい。」としめくくりました。彼らはきっとこれからも元気にいろいろな試みを続けて、本市障害福祉界の貢献し続けることでしょう。
残念ながら、シンポ後の記念パーティには参加できませんでしたが、同センターの皆さんの益々のご活躍を念じながら会場を後にしました。
(写真は基調報告する岩井さん)

徹底的な捜査を 平松不正事件

かつての漁村のなごりを残していた小倉北区平松地区。家が密集し迷路のような不思議な空間でした。私は決してこの雰囲気を嫌いではありませんでしたが、防災上は多くの問題があり、また建物も老朽化がすすんで地区全体の再開発が進められました。

この住環境整備事業にからんで、立ち退き費用名目で市費百数十万円をだまし取ったとして、福岡県警が建築都市局の元主幹と地区の住民1人を逮捕しました。
示し合わせて補償費を架空請求し、裏金をつくって1000万円を余分にだまし取ったと見られています。あってはならないことです。

立ち退きを伴う事業が大変困難なのは確かです。ねばり強い交渉と、時には不当な要求にも立ち向かわなければならないことになります。同地区の場合、一部にかなり不当な要求があり、声が大きいものに巻かれることがあってはならないとの心配の声も聞かれていました。

市職員はこうした大きな声に応えるかたちで不正を働いたと見られています。市内部には「市のマシンとして働いただけだ。私腹をこやした訳ではないのにかわいそうだ」として、容疑者に同情する声も聞こえてきます。
一体、平松で何が起きていたのか。住民や行政の誰がからんでどのように公金を食い物にしたのか。
今回の市職員と住民の逮捕は極めて残念なことですが、この際、司直による事件全容の徹底的な捜査と解明を望みたいと思います。

それにしても先日の贈収賄事件といい、最近たてつづけに市役所に捜査の手が入るのは近年になかったこと。市の綱紀全体がゆるんでいるのではないかと市民から不信をかこつことになりかねませんね。幹部以下、身を正す努力をしっかりしてほしいものです。

良いものを発展させるために歴史学ぶ

秋の日曜日は市内でもいろいろな行事があり、どれも参加したいものばかり。でも今日はそれらを失礼して佐賀市にうかがいました。

先日の大学同窓会で講演をいただいた広岡守穂先生が館長である佐賀県女性と生涯学習財団・アバンセで、同窓会佐賀支部主催の公開講演会『中国から見た日本』が開かれたのです。北九州の先輩方と「是非行きます」と約束してしまったこともありましたし、何よりテーマにひかれました。

講師は中央大学法学部教授の李廷江先生。(瀋陽出身の方だそうです。)

近現代中日関係史を専攻されている先生は「私たちはなぜ歴史を学ぶのか。お互いに憎しみを覚えるために勉強するのではない。良いものを発展させるために歴史を学ぶのではないだろうか」と歴史、とりわけ政治的関係が悪化している日中の間の歴史を学ぶ意義を強調されました。

そして1985年からの百年の日中関係史をざっと振り返り、日本の戦争は中国革命を生まれさせる助産婦役だったこと。中国にとっての日本は、過去に2度中国の近代化のモデルとして好意的に見られた時期があったこと。現在の日中は、特に経済的に切っても切れない関係にあり、難関と苦悩を乗り越えて信頼合作の関係を構築するべき時だと訴えられました。

最後には「今はとても大切な時期にある。心配もしています。中国と日本は一衣帯水、他の国との関係とはやはり違う特別な関係なのです。お互い何のために人間が生きるのか考え、新しい人と人、心と心の交流をめざそう。」と締めくくられました。

質問の時間になると、白髪の小父さんが手をあげて「あんたの国はけしからん」などと述べ始めました。広岡館長が「終了の時間もあるので、別の機会で話しましょう」と言うのに納得しない様子。李先生は、憤ることもなく「あなたのおっしゃることも理解できる。むしろ率直にお話いただいたことに感謝したい。でもお互い相手を思いやることも必要ではないか。相手の言い分も聞きながら、率直な話し合いこそ必要なのだと思います。」と対応されました。

中国の一部政治家に見られるような言葉を振りかざして演説するといった調子では全くなく、淡々と言葉を選んでお話になる李先生の講演に私は大いに共感し、佐賀まできて良かったなあと思いました。

障害者の皆さんの不安

 市内の障害者団体で構成している「障団連」の研修会が行われました。議会の関係常任委員ということもあってご案内をいただきましたので伺いました。テーマはあの「障害者自立支援法」です。
 多くの障害者関係団体や民主党など野党の反対にもかかわらず与党多数で可決され成立したこの法律で、来年4月から障害者の皆さんの負担が強化されます。
 これまでの応能負担から、医療や障害福祉サービスを受けた場合、その1割を負担する応益負担へと転換されることになりました。
 障害が重い人ほど基本的に医療費やサービス量は多いはずですね。それだけ負担が重くなるのは確実です。上限や減免制度が設けられているとはいえ、保険の世帯単位で負担を求めるため本人以外の家族にも負担を強いる内容となっています。
 月6.6万円から8.3万円にすぎない障害基礎年金など所得保障の拡充も行わないのに、負担の拡大だけ行って「上限を設けるからいいだろう。手元に少しだけ残してあげる」というので本当にいいのでしょうか。
 研修会では、参加者から「重度障害者医療はどうなるのか?」「非該当とされた場合、自立訓練などが受けられなくなるのか?」「希望のサービスが受けられなくなるのではないか?」「手話通訳やガイドヘルパーなど負担が重くなるのではないか?」「グループホームなどで親の仕送りも収入と見なし半分が負担となるのか?」などなど、具体的で切実な質問が次々にとびだしました。
 この法律の施行にたいする障害者・関係者の不安や心配は現実となってきています。この心配にこれからどう応えていくのか、自治体の役割も大きいと思います。
 それにしても、この法律をつくった人々はどう思っておられるのでしょうね。

葛のかおり-櫓山荘公園で第1回子ども俳句大会

今日は文化の日。市内各地で文化祭など多彩な催しがおこなわれました。中でも、北小倉の櫓山荘公園(仮称)では、第一回の「櫓山荘子ども俳句大会表彰式」が行われました。

この催しは、日本近代俳句の源流となった杉田久女・橋本多佳子などの功績を顕彰し記念する事業として、この夏に子どもたちから俳句を募集。その優秀作品の表彰式でした。現在、文化公園として整備中の旧橋本豊次郎邸・櫓山荘跡地で行われたものです。

子どもたちの俳句は、市内と岡垣町の各学校から応募があり、応募総句数は2,200句あまりだったそうです。「わずか2ヶ月の募集で良く集まったもの」と選者の皆さんは感心しながら選考をおこなったとのことでした。

さて、この大会の最優秀賞・大賞は岡垣町の小学6年生の女の子の作品「葛のかおり 風の天使が 運んでる」でした。女の子らしい可愛い句ですね。
この句をお聞きしたとき、私は「この子は葛の花の香りをどこで嗅いだんだろう?」と思ったのですが、お聞きすると岡垣町の学校では俳句作りが盛んで、この子もみんなで「吟行」をし、はじめて葛の花を見たその時の句なのだそうです。
葛の花に見入ってる子の姿が見えるようです。きっと将来は花や自然を愛する人に育ってくれるのでしょう。子どもたちの俳句活動がますます盛んになるといいですね。

 (写真は、大会を記念して北小倉小学校の子どもたちが合唱とリコーダーの演奏をしてくれた様子です。)

午後には、毎年この日に恒例で開催中の「北九州市保育研修大会」の式典に参加させていただきました。
今年は保育所連盟小倉北支部が研修準備やお世話などの当番だったそうで、いつもお世話になっている保育園の先生方が忙しく仕事をされていました。

ちなみにこの研修大会は、公立私立の別なく保育の質を高めようと一緒に研修を続けてこられた研修会で、第一回目は昭和38年、今年で実に43回目を迎えられました。研修をリードされてきた先人の方々のご苦労に頭が下がります。今年も「花のおさなご」唄って記念式典会場を後にしました。

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