「過去のノート: 2006年1月」アーカイブ

消防ヘリコプターを考える

かねてから会派の議員さんたちから開港寸前の新北九州空港や道路アクセスの整備状況を確認したいとの希望が出されていました。
消防航空隊のご協力でその希望が実現することになり、今日、消防ヘリコプターにちょっとだけ乗せていただくことになりました。(もちろん消防業務に支障のないことが前提です。)
航空隊が置かれている現北九州空港に集合し2班に分かれてフライトへ。曇天というあいにくの天候で、道路アクセスの状況は見ることはできませんでしたが、着々と整備される新北九州空港の様子や海上での位置関係などは、やはり百聞は一見にしかず、大いに参考になりました。

もう10年数年前のことですが、私は京都市で消防ヘリコプターに乗ったことがあります。北九州市の消防ヘリを導入しようという時に、その参考として実際に見学に行き、乗せてもらったのでした。
その時に比べてもヘリコプターの性能もぐっと良くなりました。

北九州市のヘリはフランス製、本来は14人乗りの中型機です。機動力も力もあり消防ヘリとしてはちょうど良い機だそうです。時速は新幹線以上、藍の島など離島などへも数分、福岡市でも15分で到着します。
海難や山岳遭難、急病人の搬送をはじめ、震災や火災などの際、カメラの映像など的確な情報収集に威力を発揮する頼もしい存在です。

ただ問題は、ヘリコプターは航空機であるため機体の整備などが法的に定められ、年間約60日以上フライトが出来ないことです。
昨年の福岡西方沖地震の際にも初期の情報収集で消防ヘリは大きな成果を上げたそうですが、突然の震災にせっかくのヘリが飛べないのでは困りますね。
すでに2機体制をとっている福岡市との協力体制はとられていますが、同時に震災にあった場合や福岡の機体が飛べない場合は動きがとれません。
そこで私はこの間ずっと「2機目の消防ヘリ導入を検討すべきだ」と主張してしてきました。空港の開港で消防隊が移転する新北九州空港内の基地にはもう一機格納するスペースが空けてありますが、なにしろ1機8億円もするものですから簡単ではありません。防災に救急に、大いに活躍する消防ヘリコプター2機目の導入については、今後ともねばり強く働きかけていきたいと思いました。
写真は、消防ヘリ、機内の様子と整備が進む新北九州空港。

あきれる東横イン 拝金主義の蔓延

大手ビジネスホテルチェーン「東横イン」の不正改築の話題が連日報道されています。どうやら会社ぐるみで意図的にやっていたらしい。あきれますね。
中でも多くの人々から顰蹙をかった西田とかいう社長の記者会見。あれはひどい。「条例違反やっちゃいましたあ。」「身障者の方は月に一人か二人か、使わないものはなくしても良いかなあと」「許してもらえないかもしれないけど(対応を)しないよりはましかなあ」(以上は私の聞き書きなので正確な言葉ではありませんが、雰囲気はこんなものでしたね。)なんて、まるで人ごと、しかも言葉が子どもみたいに軽い。

法令や条例に違反してようと、障害用施設がなかろうと、世間から非難されようと、もうけの前には関係ない。この東横イン社長の態度も、姉歯設計による構造計算の改ざんと関係建築業界の態度も、「人の心も金で買える」と豪語した堀江事件も、日本社会にはびこる拝金主義が表面化したという意味で共通した現象ですね。

堀江は「親父たちの世代はバブルで良いめをみてるんですよ」と言ったとか、冗談じゃない。バブルに浮かれていい目を見たどころか、この時期に拝金主義がはびこり、人々の誇りやモラルが失われていったと、私は見る。社会の中心を支えるべき人々の精神を荒廃させてしまったという意味で、決して良い時代ではなかった。そして蔓延した拝金主義が若い世代にも受け継がれ、堀江のような人物も出てくることになってしまったのではないでしょうか。

つい悪態をつきたくなるのをぐっとこらえて、我々の先輩を含めて「世の大人たちよ、大いに反省しようではないか。社会の精神をまともに戻すために、ささやかでも小さくても責任を果たそうではないか。」と叫びたくなる今日この頃です。

さようなら洗心寮

西日本鉄道の保養所である小倉北区の「洗心寮」が、今年3月いっぱいで閉鎖されることになりました。そこで、きい前代議士をはじめ民主党福岡10区の関係者などによる私的なお別れの集いが開かれましたので参加しました。

社員さんや組合の皆さんにお願いすると、部外者の私たちでもたいそう安く宴会などができるので、忘年会や仲間内の会合などでよく使わせていただいたものです。特にこの洗心寮では、冬のふぐ料理が安いというので評判でした。
企業の倶楽部あるいは保養所といわれるこうした施設は、電電公社時代から親しまれてきた「紫川荘」をはじめ、九電の「皆和倶楽部」などなど、かつては市内にもたくさんありましたが、厳しい経済状況の下で企業自身がこうした保養所を抱えている意義はなくなったとして、次々に閉鎖されていきました。
そんな中で西鉄の「洗心寮」もついに閉鎖されることになったわけです。時代の流れとはいえ少し寂しい気がしますね。

集まった仲間たちはそれぞれに「洗心寮」の思い出を語りながら「ひれ酒」を酌み交わし「ふぐ刺し」に舌鼓を打ちました。さようなら「洗心寮」。
写真は「洗心寮」夜景とふぐ刺し大皿。

報告が多すぎない? 今日の常任委員会

市議会の厚生消防常任委員会が開かれました。審議事項は「病児・病後児保育」についての陳情1件と、健康福祉マスタープラン・高齢者支援計画・障害者支援計画素案についての報告でした。

病後児保育については、現在の病後児保育を拡充するために市がとっている「医療機関併設」方式に加えて、NPOが医療機関と連携する方式も採用してほしいとの陳情でした。
NPO方式は熊本市で実際に行われているということですが、北九州市では現在、小倉北区のふれあい保育所(医療センター隣接)で病後児保育を実施。他に市内6カ所で小児科との併設方式で病児・病後児保育を実施しています。今後、市内10箇所まで拡大する方針です。

私は、NPO方式を否定するつもりはありませんが、小児科診療所と併設方式は病後の子どもさんのことを考えれば安心感は大きいと考えます。NPO方式のメリットなど検討してみるのは必要だと思いますが、現行方式を拡充する方式で進めていいのではないかなあと感じています。陳情は継続審議となりました。

次に行われた報告。これがとても量が多かった。今後の保健福祉全般のマスタープランに加えて「健康づくり」、介護保険を含めた「高齢者支援」施策。それに「障害者支援」の基本計画なんですから。ざっと報告を受けてただけではとても論議しきれません。
そこで私は「今日の報告だけで、委員会への報告は終わりで決定だなどと思わないでほしい」と特にお願いして、当局に「高齢者地域包括支援センター」についてのみおたずねしました。

介護保険制度の大幅見直しに伴って、主に介護予防をマネジメントする地域包括支援センターが市内に24カ所(他に7カ所の統括支援センター設置)設置されることになっているのですが、同センターには保健師・ケアマネージャー・社会福祉士がそれぞれ配置されます。
市では同センターをすべて直営とし、保健師さんにはすべて行政の保健師さんを専任であてるとしています。

地域での「健康づくり」の中心人材でもある保健師さんは、現在2小学校区を担当して活動していますが「センターに24人配置すると、その穴をどう埋めるのか?」と尋ねたのです。
答えは「保健師業務の見直しで対応」とのこと。市は、5時間の嘱託保健師さんで当てるとしているようですが、その方たちが夜間のまちづくり協議会の会合などに出て行けるのか疑問です。
一方で「健康づくり」といいつつ、保健師さんの地域業務は「縮小」というのでは本末転倒でしょう。
 委員会では「どうもまだ理解できない。もっと説明して欲しい」と申し上げずにはいられませんでした。

この時点でお昼に。委員長が「まだ発言希望の委員も多い。このまま委員会を続けてもどうかと思うので、日を改めて審議したい」発言して、改めて論議することになりました。どう考えても、報告が多すぎましたよねえ。

アンチテーゼを明確に、と前原代表

昨年の衆議院選挙で惜敗し、次期で雪辱を期す前衆議院議員きいたかしさんの新春の集いがステーションホテル小倉で行われ、彼の兄貴分たる前原誠司民主党代表が来倉しました。
集いには600名程の方が駆けつけて下さり盛会でした。きい君にも良いはずみになったことでしょう。

前原代表は「ホリエモンをホープだと持ち上げてきた選挙を、有権者はもう一度見直した方が良い。現在の自民党事態が粉飾だ。子ども、建物、乗り物、食べ物の安全が脅かされているなかで、明日代表質疑に臨む私たちは、この国会を安全国会と名づけたい。
小泉政治をどう総括するか。官から民へ、効率的な政府といいつつ、本来政府が担うべき責任を放棄してしまっているのだ。障害者自立支援法での負担増や生活保護の現状をみても政府の責任が放棄されている。
無駄を省くのは当然だが、何でも効率化と言いつつ格差が広がっていく自民党政治に私たちは与しない。機会の均等が保障されセーフティネットの働く安心な社会を築くという自民党政治へのアンチテーゼをはっきり示して論戦していく。」と決意を述べました。誠に正しい方向だと思います。是非がんばってほしいと思います。

ただ、障害者自立支援法は具体化され予算執行の段階に入ります。民主党が政権をとったとして、本当に以前の「応能負担主義」に戻せるのか、現状で障害者の自立生活を守る具体策を提示できるのか、具体的に問われることになるでしょう。
マンションの耐震強度偽装問題では、政府は個人への支援に道を開くようですが、では被災者生活支援法の適用をほとんど受けられず、個人の住宅の再建ができない被災者との整合性をどうはかるつもりなのか。民主党は、被災者再建支援法の改正を求めて修正案を提出して否決されてきましたが、民主党政権ではどのような支援が可能なのか、財政規模など具体的に考え方を示さなければならないでしょう。

アンチテーゼの具体的中身が示されなければ、国民には「無責任野党の遠吠え」にしか見えないことになるでしょう。この点では民主党内でもまだまだ整理されていない気がしています。
自民党政治と対決する前原民主党の、具体的姿をどう明確に示すのか、決意を了とし期待して注目したいと思っています。

 時代と男たちに潰された 杉田久女

今日は、小倉に永く住み大正期から昭和にかけて活躍した天才女性俳人・杉田久女の亡くなった日。60年前のことです。
ゆかりの円通寺で恒例の久女忌が行われ、私も参加しました。林久照住職の読経の中、白菊を手向け焼香、久女の句「朝顔や濁り初めたる市の空」ほか3句が献句されました。
久女忌は大寒の前後、いちばん寒い季節ですが、主催した「久女・多佳子の会」柿本会長は「この寒さも凛とした久女にふさわしいのではないでしょうか」と挨拶されていました。 

法要の後の講演会では、北九州市文学館開設準備専門研究員である今川英子先生が「久女とその時代」と題して講演されました。
今川先生は「今日は男の方も多くご参加で恐縮ですが」と前置きされた上で「久女は、率直に申し上げてその時代と男たちによって、また高浜虚子というモンスターによって潰されたと思います。」と述べられました。そして久女が育った明治期から大正期の女性の社会動向、強い男性社会の中での文学や芸術界の革新運動と俳句界の出来事、とりわけ高浜虚子という巨人が何を考え、久女らが翻弄されていったか。久女の内面意識と当時の小倉という地域の意識状況とのギャップなどについて語られました。

有り余る才能を発揮しながらも、実業家政治家としての俳句界の巨人・高浜虚子に翻弄され、実生活でも厳しい男社会の現実の下で苦しみ、更年期障害で終戦直後の病院で亡くなっていく杉田久女の姿を的確に捉えて述べられた今川先生の講演を、私は大変興味深くお聞きしました。
「北九州の方はもっと久女に自信をもって良いのではないでしょうか」と締めくくられた今川先生ご自身「もっともっとお話したいことがあって…」とおっしゃいましたが、私も、また改めて是非お話をお聞きしたいものと思いました。

同時に、この秋に開館予定の北九州市立文学館について、結局はまた岩下俊作の「富島松五郎伝」からしか始まらないような雰囲気を心配していた私としては、「国の宝」(田辺聖子さん)である杉田久女が文学館でも正しい評価をうけるための強力な応援団が加わってくれた気がして大変心強く感じました。

二人目の講師は、俳人で近年、久女研究に精力的に取り組んでおられる鈴木厚子先生。「杉田久女と吉屋信子」と題して、久女を除名した虚子寄りの姿勢から事実をねじまげて久女の伝記を作品とした吉屋信子を厳しく断罪されました。こちらも良いお話でした。

大震災11年目に防災を考える

今日はあの阪神淡路大震災から11年目の日です。私たちの会派では昨年から、円卓会議と称して市当局者との勉強会を開催しているのですが、ちょうど今日は消防局との勉強会が開催されました。

そこで内容はまず「北九州市の震災対策」とし、地震災害の発生履歴、阪神淡路大震災後の震災対策、昨年の福岡西方沖地震後の対応などについて報告を受けた後、質疑応答。北九州地域の想定される地震の規模をどう見るのか、市民防災会の位置づけと自主的防災活動への支援のありかた、機材の整備などについて、率直な意見交換がなされました。
さらに今後の議会でも、震災の想定規模の検証、被災者生活再建支援法の不備と独自支援のあり方などについて、解明していきたいと思っています。

議題のもう一つは、救急車の適正利用についてでした。平成17年の市内救急出動件数は4万7千件を越え、年ごとに増え続けています。

いざという時に便りになる救急車ですが、救急車が行ってみたら搬送する必要がない事例が約9%。運んでも入院の必要がない軽傷者が34% 、病院が患者転送のために要請するものが12%。(16年中)つまり緊急を要する事態ではないのに出動する救急車が2台に1台に上るのです。
中には年間36回も同一人が出動を要請したり、救急車で行けば待たずに診療が受けられるからとほとんどタクシー代わりに出動を要請してくる非常識な人もいるとのことで。これでは救急車が本当に重篤な患者のために活動できなくなるおそれがあります。

そこで政府・総務省では昨年から「救急需要対策に関する検討会」をはじめ、「救急車の有料化」も含めて検討に入りました。北九州市でも「救急車じゃないとダメですか?救急車が火の車です」という適正利用キャンペーンを展開して一定の効果を上げています。

転院搬送はともかく救急車の有料化については、「お金を払っているから良いじゃないか」と逆効果もあり得るので、私は最良の策とは思いません。高齢化がこれからも進むことを考えれば、多くの市民の皆さんが救急車の適正利用を心することがまず一番大切なことだと思います。

今日の円卓会議でも話題となりましたが、病院の案内を24時間で行うテレホンセンターの周知徹底と効果的運用も併せて強化することが必要です。この件は、保健福祉局など他の部局とも連携して取り組むよう議員側からも働きかけていくこととしましょう。なおテレホンセンターの電話番号は093-522-9999です。(夜間休日に急病になったら、まずかかりつけ医へ、相談できないときにはこのセンターを利用しましょう!緊急を要するときは、迷わず救急車要請を。)

膠着状態の区再編論議

今日は、市議会の特別委員会が開かれました。調査研究の議題は「地方分権について」と「将来の行政区再編について」。行政区の再編問題に論議が集まりました。

北九州7区のうち、いちばん人口の多い八幡西区(26万53人)といちばん少ない戸畑区(6万3710人)との格差は4.08倍。次第に広がってきました。14政令指定都市での格差を比べても、京都市(6.72)に次いで行政区間格差が大きい都市となっています。
かつて八幡西区と小倉南区の分区などが検討された時期があり、その頃、私も平成9年に分区をした札幌市の状況を視察に行った経験があります。

しかしその後、全国で自治体の財政状況が急激に悪化、北九州市でも多額の財政支出を伴う行政区の再編成への熱は次第に冷めていきます。市の人口減も続き、平成の大合併といわれた一連の自治体の合併策で、市はお隣の中間市との合併を検討しましたが最終的に「合併協議会」が決裂。見送りとなってしまいます。この合併が不成立となったことも、将来の行政区の再編成の機運が萎える原因の一つとなったと思います。

特別委員会では研究課題として掲げられてはいるのですが、市当局も議会側も、また市民の中からも、再編に強い希望が寄せられる現状にはないというのが実情なのです。
そこで今日の委員会で議員からは「こんな状態をずっとつづけていくのか。そろそろ委員会としても方向性を出したらどうか」との意見が続出しました。
確かにそうですね。特別委員会は2年間。他の議題もありますので、今後、市民や学識者の意見などもお聞きした上で、この問題に引き続き取り組むのか、結論を出した方が良いのではないかと思います。

ところで今日は新北九州空港開港のちょうど2ヶ月前。新規航空会社のスターフライヤー社も今日から航空券の予約を開始しました。「出足は上々」だそうで喜ばしいことです。
次第に盛り上がる「北空」(きたそら)に大いに期待したいと思いますが、関係者には是非気を引き締めていただいて、事故やトラブルだけはまず確実に回避していただきたいと願っています。

どんと焼きの風景

今日は各地区でお正月恒例の「どんと焼き」が行われました。消防出初め式も行われましたので、早朝から時間の重なる地区にはおことあり申し上げながら出来るだけ参加することに。地元・三郎丸校区は午前11時から神事ということで、なんとか帰ってくることが出来ました。

会場の小学校では、まちづくり協議会の方々が早朝から準備をされ、手に手に松飾りをもってやってきた人々にぜんざいをふるまったり、お餅を配ったり大忙しでした。

「どんと焼き」は小正月に行われる祭事。15日か早いところで8日に行われ、松飾りや書初めなどを燃やす。火を炊けば魔よけと清めが行なわれる訳で、火にあたれば病気にならない、火で焼いた餅などを食べるとその年を健康で過ごせると言われます。
「どんと」の名の由来はよく分からないようで、一説には燃やしている竹がはじけて「どん」と鳴ることからきたとか。そういえば今日のどんと焼きでも竹がはじける音がしていましたっけ。

午後には、消防出初め式で表彰された消防団員の伝達を行う式典と祝賀会。これも恒例となりました。永年勤続の他、夫婦・兄弟など家族ぐるみで活動されてきた方への表彰もあります。消防団の方々の日頃のご苦労に比べれば、ささやかな表彰ではありますがこれを励みに今後ともがんばっていただきたいと願いながら式典にさんかさせていただきました。
祝賀会の雑談では「人命救助で表彰されたのに、救助した女性が実は事故と見せかけた保険金殺人の犯人だった。これには参った。」などのお話もありました。消防団員は「それっ!」とばかりに深夜の海岸に駆けつけたのに、とんでもない話。

何はともあれ、消防職員・団員の皆さんには安全に気をつけつつ、市民の安全確保に今年もがんばっていただきたいと思います。

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