「国の政治は: 2011年8月」アーカイブ

ドスンパンチ!野田佳彦氏が首相へ

民主党の代表選挙が行われ決選投票の結果、野田佳彦氏が代表に選出されました。自治体議員をはじめ地方が参加しない「変則的な」代表選挙であった点などには不満が残りますが、まずは代表ご就任おめでとうと申し上げましょう。
先にも述べましたように、私自身は野田佳彦氏の演説や態度をきらいではありません。「ドスンパンチ」とあだ名される風貌と歯切れの良い演説は好もしいと思っています。

しかし、彼がどれほどの実力があるのかその評価はこれから。まずは、彼の決意表明どおり、国民に寄り添い真摯に政策を実現する政府を表現してほしいものですが、財政規律を重視するあまり経済状態を無視して増税を急いだり、「保守的な」言動で極右・極左に利用されることになったり、スキャンダルで指弾されたりなどしては再び国民の間に失望感が生まれるでしょう。
充分に注意して、当面は彼の唱える「中庸の政治」を推進することになれば、今の民主党政権にも、日本政治にとっても意味のある期間になるのかもしれません。
明日以降、閣僚や党人事などが進められることになりますが、まずは彼の手腕に期待いたしましょう。個性を発揮してがんばってほしいと思います。

政権政策の熟議不足反省を。民主党代表選(その2)

20日の民主党代表選挙についての意見交換会では、次期衆議院選挙までの大連立の是非などをふくめて多様な意見がだされました。
私が強調したのは、マニフェストの策定過程をふくめて政権政策がどのように検討されて、実現可能なリアルな政策として掲げられようとしてきたのかを検証すべきだという点でした。
民主党への期待は、明らかに小泉・安倍政権以降の社会保障削減、雇用破壊と格差拡大・社会不安増大への国民の強い反発によるものでした。歴史的政権交代に先んじた福岡市長選や北九州市長選挙あるいは統一自治体選挙で、各民主党推薦候補は誰もが支持者から口々に「年金や医療、雇用などへの強い不安と安心への希望」を聞かされたのを覚えているはずです。
これらの不安に対して「国民生活が第一」というスローガンはピタッと合致し、それを具体化した「マニフェスト」実現への期待はさらに大きくなったのでした。
そのマニフェスト、子ども手当にしても高校無償化や診療報酬引き上げや、地方財源の拡充などなど、実現には多額の財源を必要とします。
しかし、事業仕訳による無駄の削減だけでは、これらを賄いきれず、埋蔵金もそれほどの額を確保できななかった。特別会計の組み替えによる財源ねん出も進んでいない。おまけに「最低でも県外」としてきた普天間飛行場の移転は自民党政権時代に逆もどりし、管首相は突如、消費税増税をうちだして参議院で大敗、衆参でのねじれを生み出してしまった。国民の失望が大きいのは当然と言わなければなりません。
そもそもマニフェストは、その財源を確保し実現できると真剣に検討してきたからこそ掲げたのではなかったのか。その実現性について、一体どれほどリアルに検討されてきたのか、強い疑問を覚えないではいられません。実現できない公約なんて政治スローガンでしかない。

本来、政権交代を実現できたらスタートダッシュできるようにとネクストキャビネットが置かれてきたのではなかったか、そこでの真剣な検討の結果、いつでもとってかわって実現できる政策を民主党は練ってきたのではなかったのか。
なのに政権交代後、ネクスト大臣は現実の大臣にほとんどならなかった。政策審議会は廃止され、シンクタンク「プラトン」も消滅してしまった。現場で国民に接している地方議員が、その知見を政権政策に反映する組織も手法も未確立でしかない。
ここに透けてみえるのは「現実的でリアルな政権政策を立案し、検討を重ね、推進する政治文化」を軽視して、政局的スローガンに堕してしまったマニフェストを前に、困惑しながら立ち止まっている民主党中央の姿です。
民主党新代表は、まずこのことを率直に反省し、次の社会に一歩でも前進する現実的で実現可能な政権政策を真剣に練り直し、一から国民の信頼を回復する努力を開始するべきだ、というのが私の意見です。

民主党代表選挙は29日にも実施されるようです。こうした視点から、誰が、どのような主張をなさるのか、私も注視しながら推移を見守りたいと思っています。

なぜ国会議員だけで代表選出?民主党代表選(その1)

事実上、次の首相を決めることになる民主党代表選挙が、どうやら8月29日に行われそうになってきました。
先にも述べましたように、私は立党当時からの民主党員ですが、今回の代表選挙でも、またも一票の投票権もないという状況です。
私たちの選挙区で、その投票権を持つのは福岡10区選出の衆議院議員・城井崇さんということになります。
そこで今日は、城井議員が10区の代表としてどのような態度で代表選挙に臨もうとするのか、彼の意見を聞き、また私たちの率直な気持ちを伝えながら、少しでも民意を反映した代表選挙となるように願って、常任幹事レベルでの意見交換会を開きました。
参加者はそれぞれ、ご自分の率直な思いをのべ、有意義な会になったと感じました。
私からは、まず今回の代表選挙がまたも地方の意見を取り入れることなく国会議員のみで投票が行われることに「強い違和感を持っている」と述べました。
「時間がなく政治的空白を作りたくない」というのが、国会議員のみによる代表選挙実施の理由だということですが、例えば各県から少数の地方代議員に投票権を与えることや、私のような民主党公認の地方議員に投票権を与えるのは、簡単にできることです。工夫すれば、政治的空白を作らずに民意を集める工夫はできるはず。その努力が不足しています。
そもそも民主党には、地方の声や議員の意見を集約する基本組織が存在しません。(例えば自民党では「地方組織・議員総局」、公明党では「全国地方議員団会議」などがあります。)
つまり地方議員や地域の声を吸い上げるシステムが欠けており、このことが国政が民意から離反していく背景となっていると感じています。
全国の地方議員は機会あるごとにこれらの声をあげつづけていますが、新しい党の代表はぜひこうした意見を考慮して、代表選挙のあり方や、地方から現場の声を吸い上げる組織体制の整備に取り組んでほしいものです。(続く)

大連立がなぜ必要か、説明を

いよいよ菅首相の辞任が日程にのぼり、月末にも行われる民主党代表選挙で次の首相が選出されることになりそうです。こういう時には代表選挙は衆参国会議員のみの投票で選出されることになっているので(時間がないからだそうで)、草創期からの民主党員たる私には1票の投票権もないのです。(私はせめて、国会議員以外でも各県連代表で一人とかの地方投票権や、自治体議員にも何らかの投票権を持たせたらいかがかとは思いますけれど。ま、主要政党のなかで地方政治を統括する部局を持たない極めて特異な政党ですから、今は望み薄でしょうかねえ。)

こうした中で、代表選挙に出馬するだろう人々からは(たとえば野田さんのように)自民・公明党との大連立をぶち上げる人もでてきました。
大連立は、小沢さんもかつて強行しようとして撤回したいきさつがあるように、衆参ねじれの政治状況を引き合いに事あるごとに取りざたされてきました。
私は、野田佳彦さんの分かりやすい演説や、どっしりとした風貌など、その政治スタイルも決してきらいではありません。

でも、大連立って具体的には誰を相手にするというのでしょう。
自民党にもいろいろありますね。小さな政府を目指した小泉・安倍路線は、社会保障を破壊し、多数の非正規労働者を生み出した上で、社会格差を拡大して国民から総スカンを食らった結果、民主党政権が誕生する原動力になりました。新自由主義を標榜する自民党勢力と連立するというのでは、今度はイギリスのように日本でも暴動が起きるかも知れない。戦争を美化する国家主義者さんたちとも、本来民主党は肌合いが違うと思いますしね。
また、日本経済の再建のためには、いま増税するのは悪影響にならないのか、デフレから脱却し税収を上げなければ、財政再建もありえない。多額の復興財源を、増税だけでは乗り切れない上に、社会保障の財源調達も不可欠。これら基本課題を論じると、与野党を問わず政治的な色合いの違いがみえてくるのかも知れません。
つまりは大連立は政界再編成の始まりに他ならないのではないか。そんなことを懸念する国民の声も聞こえてくるようです。
「いやいや復興のための期間限定の救国内閣なんだよ」とするならば、その救国内閣はいつまで続き、次期総選挙はどんな争点で闘うのか、その時、闘う相手とは誰なのか。それまでに何ができて、何ができないのか、具体的な構想を示さなければ、国民の信用は得られないのではないでしょうか。
「蚊帳の外」の我々だとはいえ、今後も動向を注視していくことにしましょう。

子ども支援の後退を懸念する

昨日、民主党と自民公明両党の間で「子ども手当」を廃止して「児童手当」を復活させる政策合意がなされたと報道されています。
衆議院のねじれ状態や菅首相交代の条件整備のために、民主党はやむなく妥協したのだと思いますが、この間の三党協議についての報道で、子どもや家庭への支援が本来どうあるべきかとの議論が聞こえてこないのは理解できません。
そもそも子ども手当は、自民党がいうように「バラマキ」で「ポルポト」なのでしょうか?(ちなみに後者は、自民党石原幹事長の表現。子どもを社会で育てるということが、過激な毛沢東派の指導部が国民を大量虐殺したカンボジアのポルポト派の主張と同じということらしいが理解不能)
子どもや家庭への支援はしてはならないものなのでしょうか?

日本の子どもや家庭に対する「社会支出」はGDPの0.75%(2007年)で、北欧はもとよりフランスやイギリス、ドイツ、イタリア等と比べても5分の1から2分の1で極めて少ないことが指摘されています。
とりわけ母子家庭などで所得の低い家庭への支援は薄く、逆に「社会保障制度や税制度によって、日本の子どもたちの貧困率は悪化している」(阿部彩『子どもの貧困』)のが実情なのです。
民主党の子ども手当は、こうした現状を改善し、子育て支援を先進国なみに近づけようと公約にかかげたもので、その方向は決して間違っているとは思いません。

子ども手当を廃止することで、日本の子育て支援の方向が逆転することを強く懸念します。自公政権時代、児童手当が長く定額で抑えられてきたことや、母子世帯への児童扶養手当を大幅減額しようとして厳しい批判を浴びて撤回したことを私たちは改めて思い返してみる必要があります。
再び日本の子どもや家庭への支援は、削減される方向に行くのではないか、その方向は、子どもたちの未来に私たち大人が責任をもつ方向なのか、充分に注意していくことが求められます。
「民主党の目玉政策を撤回させた」と喜んで支持率があがると自民党が期待しても、そう簡単な話ではありませんね。いくら自民党が「子育て支援を後退させない」と主張しても、今回、子どもや家庭への支援を後退させたのが、結局のところ自民党によるごり押しのせいであることを国民は充分理解しているからです。今後、さらに子どもたちへの支援が後退していけば、彼らも再び厳しい批判を浴びることになるでしょう。
もちろん民主党にも、悪化する子どもたちの現状を踏まえて、なぜ子ども手当が正しかったのか、それをなぜ撤回せざるを得なかったのか、国民にしっかり説明するという真摯な態度が求められているのは言うまでもありません。

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