「国の政治は: 2011年9月」アーカイブ

松本龍さんが退院

7月11日から入院していた民主党の松本龍・前復興担当相が、9月20日に退院していたことが分かったと報道されています。病状は「震災対策で消耗し、軽度のそう状態だった」と説明されていました。経過が良いと良いのですが。

先日、北九州入りした民主党の前原政調会長は、鉢呂経産相の「放射能つけたぞ」の発言と併せて、松本龍さんの発言も「言語道断だ」と指弾しました。

しかし、松本龍さんの日頃の言動を知る私としては、日頃、断じてあんな物の言い方をする人ではなく、テレビ映像を見た私は「龍さん、何かおかしいぞ。どうかしてる!」と叫んだほどでした。

震災以来、防災担当として、二ヶ月以上も危機管理センターに寝泊まりしながら未曾有の大災害に直面しつづけて、精神的に消耗してしまった結果なのではないかと思っています。鉢呂さんの場合と違って「病気」によるものなのです。

もちろん、大臣が精神を消耗して、言動に異常を来すことが、国家として問題でなかったとは言えません。ただ、誰でも生身の人間です。未曾有の災害に直面したとき、その対応期間中の担当責任者の体調の維持を今回は、失敗してしまったのではないかと考えれば、政府も危機管理のあり方について、現実的な再検討が必要なのではないだろうか、と言う気がするのです。

殺伐としない社会とは?

毎日新聞の「金言」という欄で西川恵氏が、イタリアのジャーナリストが「日本の社会は落ち着いている。…殺伐とした空気の欧州から来るとホッとする」と言ったと記事で紹介しています。

最近のヨーロッパでは、高い失業率や賃金カット、社会保障の縮小、人種差別や暴動の発生などなど、社会不安が拡大していると言われます。記者は、これを非理性的な大衆主義だと、鬱憤をため込む大衆の方を批判していますが、それは正しいのだろうか。

経済における新自由主義・市場原理主義がはびこり、徹底した民営化と規制緩和、福祉・医療などの社会支出の削減を進めた国が、一様に貧富の格差拡大や社会的緊張の増大に悩まされていることを考えれば、不安を抱える大衆は、被害者ではあっても、加害者として断罪されるいわれはないのではないでしょうか。

日本でも、小泉・安倍政権以来の市場原理主義が、労働規制を緩和して大量のワーキングプアを生み出し、社会保障を縮小したことで社会不安が一挙に増大し、このことで国民がついに自民党政権を見限る歴史的政権交代へつながったのだと思います。私自身、4年前の市長選挙や自治体議員選挙の時に、多くの人々が殺伐としてきた社会への不安を抱え「医療や年金を何とかしてほしい。福祉を充実するべきだ」と切実な口調で訴えられていたことが強く印象に残っています。

日本は政権交代が実現したことによって、辛くもこうした事態を招かないですんでいるのであって、だからこそ、そんなに殺伐な社会ではないと感じられるのではないか。

だとすれば、今後の政治目標は、市場原理主義的「改革」に退行するのではなく、社会保障や教育などへの財政支出を確保しつつ、経済成長をめざしながら、不安のない社会にむかうビジョンを構築し、実践することなのではないか。そのために、党派を超えて英知を結集する時なのではないでしょうか。

「しがこもとけて」...野田内閣が好発進

野田内閣発足後、最初の世論調査による内閣支持率は、どれも50%から70%と、まずは上々の好発進のようです。
野田首相が大変落ち着いた態度で、国民にも大変分かりやすい語り口でメッセージを伝えようとしていることや、国民不在のゴタゴタ続きだった民主党内もまとめていこうとしている姿勢にたいして、好感が持たれているのだと思います。
自分は泥臭い「どじょう」だとの喩えも印象的で、一言で国民やメディアを引きつけてしまいました。
東北地方の童謡・おなじみ「どじょっこ ふなっこ」の歌詞には「春になれば 氷(しが)こもとけて どじょっこだの ふなっこだの 夜が明けたと思うベナ」とあります。
野田どじょう内閣が、重苦しい氷を溶かして、改めて日本政治の夜明けを告げてほしいものです。

ちなみに、今日、野田内閣の副大臣・政務官がそれぞれ決まり、わが福岡県関係では、ここ10区の城井崇代議士が「文部科学政務官」に就任が決まったほか、3区の藤田一枝代議士が「厚生労働政務官」に、岩本司参議が「農水副大臣」に就任されました。それぞれ、課題の山積するなかでの重責。お祝いするとともに、ぜひ手腕を発揮してがんばってほしいものだと期待しています。

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